青く仄白い照明を浴びて、人工子宮のガラス管がぼうっと部屋の中に浮かび上がる。
背を丸め、膝を抱えて眠り続ける子どもたちに混じってオリジナルは、人工子宮のガラス管の中で眠り続けていた。
黒く長い髪は彼の肢体を守るかのようにまとわりつき、擬似羊水の中でゆらゆらと揺らめき、渦巻いている。
耳に聞こえてくるのは、自分自身の鼓動の音のみ。
オリジナルは身動ぎひとつせず、眠り続ける。
「──僕はここだよ」
胸の内で、呟きながら。
そんな夢を、ジェイは見た。
それからだ。
以来、ジェイはオリジナルに憧れ続けてきた。
自分と、夢で見たオリジナルとを重ね合わせ、いつか自分自身がオリジナルになることを夢見て日々を過ごしている。
もっと、もっと。
今以上にオリジナルに近づくことが出来るように。
今以上に、オリジナルらしくなることができるように。
それだけがジェイの関心事だった。
それだけが、ジェイのすべて。
オリジナルになることこそが、ジェイの唯一の希望だったのだ。
あれからジェイは変わってしまった。
ブラウには、ジェイが「オリジナル」に固執することの意味を見い出すことが出来ないでいた。
あの後、リーイと呼ばれた男が闇の中へ消えてしまうと、ブラウはすぐさまジェイの身体の熱を鎮めてやらなければならなかった。
限界に近付いていたジェイの身体は火照っていた。こんなにジェイの身体が熱いのは、初めてのことだ。
ブラウはそっとジェイに口吻を与えると、指先で身体のラインをなぞっていく。汗の粒が伝う喉元、つんと尖った乳首。三角形の茂みをやわやわと撫でて、それから指先でジェイの性器をピン、と弾いた。
「あっ、あぁぁ……」
ブラウの身体に回したジェイの手に、指先に、力がこもる。ぎり、と爪を立てられ、それでもブラウはジェイを愛撫することに夢中になっていた。
「オレがずっと側にいるから、ジェイ、あんなやつのことなんか考えるなよ」
そう言うとブラウは、ジェイの性器に軽く歯を立てた。瞬間、ジェイは大きく仰け反った。
「オレがいるから……側にいるから、他のやつなんか見るな」
ジェイのものを熱心にしゃぶりながら、ブラウは言う。
ビクビクとジェイの身体は小刻みに揺れ……間もなくしてブラウの口の中に、ビュッ、と熱い迸りが叩きつけられた。
ブラウは、ジェイの精液をごくごくと喉の奥へと飲み下し、綺麗に舐め清めた。
時折、ジェイの陰毛やその他の敏感な部分に軽く悪戯をしかけながら、ペロペロと性器に舌を這わせる。そうするとジェイは、感極まったような声をあげ、身体を開く。
まるで、犯してくれと言わんばかりの状態だ。
そんなジェイに、もしかしたらブラウは同情していたのかもしれない。
その後、無事に隠れ家まで帰り着くことができたものの、ブラウが願ったような穏やかな日常は戻ってこなかった。
ジェイが、以前のジェイではなくなってしまったからだ。
あの日以降、ジェイは感情を表に出さない無気力な人形になってしまった。
自発的には何もしない、ただ死ぬのを待つだけの哀れな魂の抜け殻が一つ、そこにはあるだけだ。
ジェイの中に頑なな空虚さを感じ取ったブラウは、あの日以来、ジェイの面倒をずっと見ている。今まで、自分がジェイにしてもらっていたことも含めて、ブラウは何もかもを一人でこなさなければならなくなった。
何故ならジェイは、アンドロイドで言えば「壊れ」た状態になってしまったからだ。
それを彼──リーイと呼ばれたあの男──と、ジェイにそっくりの青年のせいにすることで、ブラウは自分の心の中の葛藤を誤魔化している。
いや、これから先もずっと彼らのせいにし続けることで、ブラウはジェイと二人で生きていかなければならない。
そうしなければ、ブラウ自身が自分を責め続けなければならないから。
逃げ出すことは容易く、戦うことは困難だ。自分を責めることから目を逸らすことは簡単だったが、ジェイとのことを考えることは恐ろしかった。
このままジェイがブラウのことを忘れてしまったら、自分はどうすればいいのだろうか。一人で生きていくことは、このシティでは難しい。アニマロイドの自分には、特に。
「ねえ、ジェイ。オレたちずっと、一緒にいよう。ずっと、ずっと……どこまでも一緒だよ」
ベッドに座り込んだジェイに、ブラウは声をかける。
ほっそりとした裸体のジェイは、焦点の定まらない眼差しでぼんやりと部屋の一角を見つめている。
「いつまでも一緒だよ」
もう一度、ブラウは言った。
いつまでも。
セクメロイドとアニマロイドとでは耐久年数が違うという話はブラウも知っている。おそらく、人間と獣のDNAを合成したアニマロイドであるブラウのほうが先に機能を停止するはずだ。ジェイはセクメロイドで、細胞老化抑止剤の注入を受けている。定期的な検査は受けていないが、それでも、機能が停止するまでにはアニマロイドより数十年の歳月を要するはずだ。
「オレはずっと側にいるよ、ジェイ。ジェイがどんなにオリジナルに憧れていたって構わない。オレにとってはジェイこそが、たった一人のオリジナルなんだ」
そう告げるとブラウは、ジェイの顎に手をかけ、くい、と上向かせる。
キスをしても、ジェイはぼんやりと宙を眺めているだけだ。
ブラウが舌でジェイの唇をつつくと、わずかばかりの隙間が出来る。そこへブラウは舌を差し込み、ジェイの舌に自分の舌を絡めていく。
そのうちにブラウのほうの息が上がってきて、ジェイの身体を優しくベッドに横たえてやる。
ジェイは天井をじっと見つめている。時折、瞬きをする程度で後はぼんやりと自分の心の中に閉じこもっているようにも見えた。
「ジェイ……ジェイ、何か言って。オレに、話しかけて」
うわごとのように呟きながら、ブラウはジェイの肌に唇を滑らせる。
ジェイの乳首を歯で軽く甘噛みしてやると、身体がぴくりと跳ねた。つん、と尖り立った乳首を指と口とで愛撫する。ジェイの呼吸はゆっくりと乱れていく。感情が表に出ない分、反応も鈍くなっているのかもしれない。
それから三角の茂みを指で軽く弄んで、まだ柔らかなジェイの性器を軽く握り締める。身体をずらしてジェイの性器に口付けをすると、ピクン、と反応が返る。舌先でジェイの先端にある割れ目をちろちろと舐めると、ビクビクとしながら竿が硬さを増していく。
「──…あっっ……」
ブラウが喉の奥までジェイのものを頬張ると、ジェイが小さく喘ぐのが聞こえた。
「ねえ、ジェイ。ここ、気持ちいい?」
あらかじめジェルで濡らしておいた指をくい、とジェイの中に埋め込みながら、ブラウは尋ねる。ぼんやりとしたジェイの眼差しに、欲望の炎が灯り始める。
「ジェイは、してもらうのが好きなんだね」
指でくちゅくちゅとジェイの後孔を犯しながら、ブラウは言った。
これまで、ジェイに抱かれるばかりだったブラウが、あの日を境に抱く側に回っていた。それでも最初は、自我のないジェイに抱かれようとしていたのだ、ブラウは。そのうちに、ジェイを抱いてみたくなった。あの男がしていたように、ジェイを喘がせ、啼かせてみたくなったのだ。
抱いてみると、簡単にジェイは啼いた。
乱れる時の表情は、以前のジェイのように精気溢れる顔つきをしていた。ほんのりと上気した頬に、しっとりと潤んだ目元。「壊れ」てしまったのが嘘のように、この時ばかりは生き生きとした表情をする、ジェイ。
だから、ブラウはジェイを抱く。
それは何よりも、ジェイが抵抗を示さなかったからでもある。
心を傷つけられ、全てのものから興味を失ってしまったジェイを、ブラウは可哀想だとは思わなかった。二人だけでいられるのなら、それで構わない。
せめてあのリーイとか言う男のことを、ブラウが忘れてしまってくれればいいと思うことはあったが。
(H24.10.21改稿)
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