animaloid 3

  床の上でブラウは、ジェイを受け入れていた。
  火傷しそうなほど熱い竿が、ブラウの後孔を犯している。
「ああっ……くぁ…あ、あんっ……」
  四つん這いになって毛足の長い絨毯をぎりりと握りしめながら、ブラウは腰を揺らめかせた。
  あの後──侵入者が屋敷から立ち去った後、ジェイはしばらく難しい顔をしていた。何故だか解らないが、ジェイは侵入者を仲間と見なしていた。殺されたアニマロイドのことよりも、侵入者のほうが気になるらしいということは、ブラウにもすぐに解った。
  だからブラウは、こうして身体をつなぐことでジェイの心を引き留めようとしたのだ。
「ジェイ……ジェイ、もっとゆっくりして……」
  四肢に力を入れると、ブラウは腰を後方へと突き出す。
  ジェイはブラウの華奢な腰を両手で鷲掴みに掴むと、自棄になって突き上げてきた。侵入者の後を追うことができなかったことで、苛立っているのだとブラウは思った。
「…くっ……」
  いつもならブラウへの愛撫はもっとねっとりとしたしつこいものだった。ブラウが音を上げて泣き出すまで、焦らして焦らしてする。それが今日は、ないのだ。まるで八つ当たりのように腰を突き動かすだけのジェイの行為に、ブラウは憤りを感じた。
「やっ……ジェイ、やめてくれ……もっと……」
  言いかけた瞬間、ぎりりと胸の突起を摘み上げられた。
「はぅっ……ん、あぁぁ……」
  さらに奥を求めて、ジェイは密着した部分をぐりぐりと掻き混ぜる。
「やぁぁぁぁっ……ん、ふっ……ぁ……やめろ……やめてくれ、ジェイ!」
  少しばかりの抵抗を示すと、ジェイは不機嫌そうな呻り声を上げて、ブラウの前で勃起していたものを握り潰さんばかりの強さで掴んだ。
「ひっぁぁぁぁぁ……あぐっぅっ」
  ジェイの手から逃れようと必至にブラウは身を捩ったが、ジェイの力の前には適うわはずもない。もともとブラウは、ジェイに逆らうことはできない。ただジェイが望まれるままに体を差し出し、嬲られるばかりのこともあった。
「──許さない」
  低く掠れた声で、ジェイが呟く。
  ぞくり、とブラウの首筋に怖気が走った。
「あいつを、許さない──」



  ブラウは床の上に転がされていた。
  今まで、あんなに手酷く抱かれたことはなかった。
  優しさの欠片もない、暴力的なセックスに、涙がじんわりと溢れてくる。
  アニマロイドである自分は、確かに人間ではない。しかしそれでも、人間と同じように感じ、生きている。日々を過ごしている。
  その穏やかな生活を、ジェイはぶち壊しにした。
  いや、そうではない。
  あの侵入者だ。
  あいつが、何もなかった穏やかな日々を踏み荒らしていったのだ。
  壊された窓。死体となって転がっている仲間のアニマロイド。吹き込んでくる生暖かい夜風。血のにおい。
  重怠い身体を動かすと、ブラウの後孔はピクピクとなって奥のほうからジェイの体液がトロリと溢れてきた。
「──行かないと」
  呟いてブラウは、なかなか動いてくれない手をじっと眺める。
  何もかもが億劫だった。
  ジェイによって傷つけられた心が、失ったものを必至になって求めている。
  どうすればいいのか、解らないけれど。
  どうすれば、この心が元に戻るのか解らないけれど。
  それでも。
  行かなければならないことは解っていた。
  今、行かなければならない。
  あの侵入者を追って屋敷を出ていったジェイの後を、ブラウは追わなければならない。
  このままではブラウは、自分の心だけでなく、ジェイまでも失ってしまうことになるから。
「ジェイ……今、行くから……──」
  ポツリと呟いたブラウの身体の中で、DNAの配列変換が始まる。
  肌の表面に生えた産毛の色が濃く、太くなっていく。爪が伸び、鋭利な光を放つ。野獣の猛々しさを匂い立たせながら、ブラウは床に手をつく。
  手足の長さが変わると、次いでふさふさとした黄金色の体毛がびっちりと身体を包み込んだ。
  ブルっと全身を震わせると、ブラウは四本足ですっくと佇んでいた。
  アニマルモードに変化したブラウは、しなやかな足取りで屋敷を後にする。
  行き先は、自分が生まれ育った施設だ。
  おそらくジェイもそこへ向かったはずだ。
  ブラウもジェイも、施設で生まれた。生きている間に何か重大なことがあれば、施設育ちは再び施設へと戻っていく。誰も皆、そうだ。セクメロイドも、アニマロイドも。
  だからブラウはまず、施設を目指した。
  ジェイが自分から離れていかないように。
  永遠に、失ってしまうことのないように。



  屋敷からそう遠くないところに、シティはあった。
  <澱みの川>沿いの大通りと平行して走る天井川は、シティの人々にとって貴重な水を湛えている。
  エア・クラフトに跨ったジェイは川に沿ってシティを駆け抜けた。
  施設は<澱みの川>沿いに建てられている。昼でも人気のない地区だ。夜ともなれば尚のことひっそりと静まり返り、小さな物音すら大きな音に聞こえることもしばしばだった。
  施設の周囲には、広い広い敷地を取り囲む鉄の城壁。外壁の上層部には有刺鉄線が張り巡らされており、常に電流が流れているという噂だ。
  施設の周囲をぐるりと一周したところで、ブラウは<彼>を見つけた。
  <彼>──くだんの侵入者だ。
「待って……待って!」
  <彼>の名を呼ぼうとしてジェイは、名前を知らないということに気付いた。おぼろげではあったが<彼>の記憶は間違いなくジェイの中にあるのに、名前だけが綺麗に抜けているのだ。
  <彼>は振り向くと、口元に冷淡に笑みを浮かべた。ジェイの屋敷でアニマロイドを殺した時の、あの無表情さと似ているかもしれない。ジェイはこっそりそう思うと、エア・クラフトから降りた。
「……あなたを、追ってきてしまったよ」
  これ以上<彼>と関わり合ったら、後戻りできなくなってしまうかもしれない。ちらりとジェイの頭の隅っこでそんな考えが浮かび上がっては、すぐさま消えていった。
「あなたは、僕の……」
  言いかけた瞬間、強い力でぐい、と腕を引かれた。
「そう思うのは、お前がオリジナルのコピーだからだ」
  <彼>はそう言った。
  蔑むような、冷たい言い方だった。
  弾かれたようにジェイが顔を上げると、ちょうど<彼>と見つめ合うような形になってしまった。
「お前が私に近付くのは、記憶の中に私の姿があるからだろう」
  <彼>は確かめるように、問いかける。
  ジェイは頼りなく頷くと、彼の口元をじっと見つめた。
「僕の記憶の中に、あなたの姿があった。これって、僕の中に初代コピーの記憶があるからでしょう?」
  誇らしげにジェイが言うと、<彼>は掴んだ手に力を入れた。ブラウの腕が捻り上げられ、ぎりりと骨が軋んだ。
「痛いっ……痛い、痛いよ……やめて!」
  抵抗しようと暴れかけると、捻り上げられたブラウの腕はさらに軋んだ。
「残念だが、お前では初代オリジナルそのものになることはできない」
  そう言って<彼>は、ブラウの身体を施設の外壁へ押しつけた。
「──なんで?」
  苛立たしげにジェイは尋ねる。
  記憶なら、腐るほどある。
  この胸の内に溜めこまれた想いを持て余すほどいっぱいになった、オリジナルの記憶。この記憶たちは、常にジェイに囁きかけていた。「オリジナルになれ」と。囁きたちはジェイの心をざわめきたたせ、不安にさせた。常に。
  ジェイがこの不安から解放されるのは、真のオリジナルになることができた時だ。
  そこへ至るまでの道のりはとても険しいけれど、それでもジェイは、オリジナルに憧れてきた。
  いつか自分がオリジナルに取って代わるのだと、思い込むほどに。
「いくら初代オリジナルの記憶を詰め込もうが、お前ではオリジナルになることはできない。あれは……お前のような紛い物の記憶になど、惑わされはしなかった。常に自分を進化させ、人間であることを求めていた。あれこそが、オリジナル。初代オリジナルの二重螺旋から抜け出すことのできた、最初で最後のセクメロイドだ」
  <彼>はそう言うと、改めてジェイを見下ろした。
「それで、お前は……」
  氷のように冷たい、無機質な声がジェイの心を引き裂こうとしていた。
「どうやって、この二重螺旋から抜け出すつもりなんだ」


(H24.10.21改稿)



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