animaloid 1

  夕暮れの土手に人の気配はなかった。
  茜色の残照を投げかける空はまるで夜の闇を恐れ、それがために最後の力を振り絞って激しく燃え盛っているかのようだ。
  湿気を含んだ風が吹きつけてきては、肌にべたりとへばりつく。
  ブラウはそっと息を殺して待っていた。
  ただ、待つだけでよかった。
  時間になればジェイがやってくる。
  ジェイはブラウを守ってくれた。庇護し、そして愛してくれた。
  明らかに人間ではないブラウを、ジェイは家族として扱ってくれる。
  だからブラウはジェイと共に生活をする。
  アニマロイドとして生まれたブラウの、それが唯一の生きる術でもあった。
  こうすることでしかブラウは、生きていくことが出来ないのだ。闇に隠れ、人々の奇異の目から逃れ、ひっそりと街の片隅に潜んで生きる。
  姿形は人間と変わるところはなかったが、ブラウの中のもうひとつの血が、人の中で生きることの難しさを囁きかけてくる──確かにブラウの中に息づいている、もうひとつの獣の血が。このシティで生きることの難しさをブラウはとうの昔に思い知らされていたから、彼が人に混じって生きていくことは決してできないだろう。
  眼下に広がる<澱みの川>をブラウは、忌々しそうに睨みつける。
  栄華と繁栄の象徴としてしばしば<澱みの川>周辺にまつわる話が取り上げられたが、ブラウはそんなものには興味はなかった。むしろ憎しみしか感じない。
  だから人に対して興味が沸かないことと同じように、シティには興味はなかった。ただ生きていくことができさえすれば、それでいい。
  ジェイと共にいられたら、それでブラウはよかったのだ。



「おいで、ブラウ」
  ジェイが呼んでいる。
  気だるそうに顔を上げ、ブラウはベッドに身を起こした。
  すらりた伸びた手足には程良く鍛え上げられた筋肉が付いている。生まれた時からブラウは他の兄弟たちよりも小柄だったが、それがために劣等感を感じたことはなかった。
  兄弟の中では最も俊敏性に優れ、躍動感のある動きで見る者を惹きつけた。
  施設での生活は不思議と思い出すことはなかったが、兄弟がいたことは虚ろにだが覚えている。
  それから、気付いたらブラウはジェイのところにいた。
  ジェイに買われたのか、それとも拾われたのか。ともかく、ブラウはいつの間にかジェイと一緒の生活をしていたのだ。
  ジェイは綺麗だった。艶やかな黒髪に、オレンジ色の瞳。猫のように狡猾で、野性的で、いつまでも見ていたい気分になる。
「愛してるよ、僕のブラウ」
  ジェイはそう言って、ブラウの裸体を抱きしめる。
  ブラウを怖がらないのはジェイだけだ。
  本当の姿を知ってさえ、ジェイはブラウを抱いてくれる。
「ああ、震えているね、ブラウ。怖いの?」
  ブラウには怖いものなんてないのに。それなのに、ジェイは必ずそう、尋ねる。
「大丈夫だよ。僕も同じだから。ブラウと僕は、同じ一つのものから生まれてきた生き物だからね、ブラウの考えていることはちゃんと理解できるつもりだよ」
  ジェイの言葉に耳を傾けながら、ブラウはそうかもしれないと思う。
  ジェイは、外見上は人間と何ら変わるところはなかったが、人間ではなかった。ブラウだけには解った。同族の血のにおいとでも言うのか、ジェイの身体には施設ではお馴染みだったにおいが染みついていたのだ。かといって、ジェイが施設の人間なのかというと、そうでもなく。ジェイに尋ねると、彼は淡い笑みを浮かべて「違うよ」とだけ、言った。
「違うよ。僕は、確かに施設で生まれたかもしれないけれどね……ブラウが生まれるよりももっとずっと昔、禁止されていた僕らの初代のコピーとして生まれてきたんだよ、僕は」
  そう、ジェイは言ったのだ。
  ブラウにはジェイの言った言葉の意味が解らなかった。
  初代とは、コピーとは、いったいどういうことなのだろうか。ブラウが生まれた時、施設の連中はただ単に「お前たちは軍の所有する備品だ」としか、言わなかった。それとはまた別に、何かあるのだろうか。
「……ああ、考えなくてもいいんだよ、ブラウは」
  そう言ってジェイは、ブラウの肩口に口吻を落とした。
  それから喉元と、つんと尖った淡い緋色の乳首にも、ジェイは舌を這わせる。ブラウと違ってジェイの体温は低く、唇や指先が触れると、それだけでブラウはびくん、と身体を小刻みに揺らすことがあった。ジェイの体温の低さに改めて気付いて震える時もあれば、これから訪れる快楽を思って悦びに打ち震える時とがあるということを、ジェイは知っているだろうか。
「オレ、ジェイがいればそれでいいよ」
  ブラウはそう言って、喉を震わせる。
  まるで猫が喉を鳴らす時のように、ごろごろという音がブラウの喉で響いている。
  アニマロイドの特性を備えたブラウは、猫の俊敏性と跳躍力、暗闇でも見える視力と鋭い嗅覚を持っていた。もちろん、人間の姿の時がほとんどだったが、ひとたび体内でDNAの配置変換が行われるとアニマルモードに変化し、猫の形態をとることができた。いや、猫というよりは猫科の大型猛獣といったほうがいいだろうか。
  ジェイは口元だけで小さく笑うと、ブラウの乳首を舌と歯で激しく攻めた。
「あっ……あぁ…ジェイ……」
  何十分か前に体内に受け止めたジェイの体液が、ブラウの後ろからじゅくり、と溢れ出してくる。
「心配しないでいいよ、ブラウ。僕だって、同じだから」
  ジェイは静かに言った。
  ブラウを抱く時、ジェイの感情はどこかへ消え失せてしまうことが間々あった。ただ淡々と、愛撫を繰り返し与えるだけ。淡々と。
  そんなジェイを、ブラウは異質なものであるかのように眺めることがあった。
  ジェイの無機質さは、彼がブラウとはまた別の生き物であることを示していた。同じ施設で生まれたはずなのに、何故、ジェイとブラウとではこうも違うのだろうか。一方は人間と何ら変わることのない存在、姿形の生き物。もう一方は、人間の姿はしていても、体内に於いてDNAの配置変換を行うことが出来る、軍の備品として作られた存在。
  そんなことを考えていると、ジェイのすらりと長い指が、ブラウの後ろに潜り込んできた。
「ぁふっ……んっ……」
  ジェイの指を感じた瞬間、ブラウの後ろはきゅっと侵入してきた異物を締め付ける。
「なに、ブラウ。もう感じてるの?」
  顔を覗き込まれ、ブラウはきゅっと目を閉じた。ジェイの首にしがみつき、嫌々をすると腰を揺らめかす。
「ち……違っ……ぅぁああんっ、んっ……──」
  面白そうにジェイは、突き立てた指をぐりぐりとブラウの中で掻き混ぜた。内壁を擦り、強弱をつけながらピストン運動を繰り返す。
「いいよ。このままもっといい声で鳴いてごらん。ご褒美をあげるから」
  しがみついた腕に力をさらに込め、ブラウは中に入り込んだジェイの指を感じた。



  初めて人を殺めた時、手が、震えた。
  震えるはずのない手がガタガタと震えた。まるで自分のものではないような奇妙な感覚。止めなければ思うのだが、手は、ブラウの命令に従わず小刻みに震え続けた。
  アドレナリンが逆流したような感じだったと後になってからブラウは思ったが、担当の医師にはそのことについては一言も語らなかった。
  それは、ブラウの中に芽生えた小さな小さな反抗心のせいだった。
「──どうしたの、疲れた?」
  ジェイの低くくぐもった声が、耳元でした。
  不意に、ジェイに抱かれている現実へと、ブラウは戻っていく。
  ブラウは小さく首を横に振ると、ジェイの身体に回した腕に力を込める。抱きしめられるのも好きだったが、抱きしめるのはもっと好きだった。ジェイのことを、より身近に感じることが出来たから。
「疲れてない。それよりも……」
  その先の言葉を飲み込んで、ブラウは期待に満ちた目でジェイを見る。
  目覚めてから後、ジェイの指で一度、イかされた。その後、互いのものを舐め合ってもう一度、イった。それだけでもジェイは充分満足かもしれなかったが、ブラウはまだ、全身で達してはいなかった。まだ、ジェイの体液を身体の中にぶち込んではもらっていない。物欲しそうな眼差しでブラウはジェイの唇を吸う。ジェイはくすっ、と笑うと、ブラウの薄茶の髪を撫でた。
「今、何を考えてたのか言ってごらん?」
  軽くついばむようなキスが、ブラウの額を掠めていく。
  焦れたように腰の高ぶりをジェイに押し付けながら、ブラウは馬乗りになった。決して逞しくはないジェイの身体に乗り上げると、自ら進んで腰を下ろしていく。
「だめだめ。何を考えていたのか言ってごらん、ブラウ。それからじゃないと、入れてはあげないよ」
  そう言うとジェイは、ブラウの腰を両手でがしりと掴み、固定してしまう。動くことが出来ないブラウは、尻の穴をひくひくとさせながら、今にも泣き出しそうな顔付きでジェイを見下ろした。
「さあ、ブラウ。素直に教えてくれたら入れてあげるから」
  下から、性器ごと表情まで見られているのだと思うと、ブラウは恥ずかしくてたまらなかった。たとえ自分たちが生粋の人間でなかろうとも、半分は人間のDNAを持って生まれた生き物なのだ。施設では完全に押さえ込むようにと教え込まれていたが、喜怒哀楽の感情だってちゃんとあるのだ。アニマロイドといっても、人間と同じように生きる権利があってもいいはずだ。
「……そんなの、言えないよ」
  消え入りそうな声でブラウは言うが、ジェイは聞き入れてくれない。固定したブラウの腰を勃起した自分のものの上に持ってきて、なすりつけた。ぬちゃぬちゃと体液の音がして、ブラウの後孔は痙攣したようにひくついたが、それでもジェイは中には入れようとしてくれなかった。
「やぁっ…んっ……入れて……さっきからずっと……オレがずっと欲しがってたの、知ってるくせに……」
  勃ち上がったブラウのものから、人工体液がじくじくと染み出してきた。ブラウ自身は自分の身体の仕組みをよく理解していなかったが、ジェイは驚くほどよく理解していた。人間の男は性器の先端から精液を射精するが、ブラウたちアニマロイドの身体から放出されるものはそのほとんどが人工体液と合成された精液だということも、ジェイから教えられた。もともとアニマロイドは軍の兵器として作られた人工の半獣人だ。繁殖は施設内で体外受精という形で行われたから、生殖能力の必要もない。だからブラウの性器から出てくる性液は、人間のものよりも臭みも苦みも少なく、粘度の低いさらさらとした透明に近い液体なのだと、ジェイは教えてくれた。
  では、それでは……ジェイはいったい、何者なのだろうか。
  焦燥感に包まれながらも、ブラウは考えた。思考力が飛んでしまいそうな状態の中で、ブラウは必至にジェイのことを考えていた。



  ジェイの性器がブラウの後孔の入り口に引っかかった。
  ブラウは必至になって腰を下ろそうとするが、なかなかジェイはそれを許してくれない。焦れた身体がブラウの先端から、先走りの透明な液を溢れさせている。
  ──カタン、と。
  窓の外で音がした。
  微かな音だ。人間ならば聞き逃してしまいそうな、小さな小さな音。
  しかしブラウの耳は素早くその音に反応した。
「どうしたの、ブラウ?」
  今の今まで淫らに腰を揺らめかせていたブラウが不意に身体中の筋肉を緊張させて窓の外に目をやったきり、動こうとしなくなった。すぐにブラウの異変に気付いたジェイは、そっと尋ねる。
「誰か……外に、いる」
  と、ブラウはそう言うとまた押し黙ったまま、窓の外を睨み付けるようにして凝視している。
  ジェイはブラウをその場に置いたまま、するりとベッドから滑り降りた。華奢な肢体に手早く衣服を着けていく。
  いつの間にかブラウもベッドを後にし、窓の側へと移動していた。一糸纏わぬ裸身のまま、ブラウは窓の外を窺っている。
「思い違いか……?」
  ブラウの隣に立ったジェイは表の様子をちらりと覗き見て、呟いた。
  無言のままブラウは、ジェイの顔を見上げる。
「心配しなくてもいいよ、ブラウ。」
  口元だけで笑ってみせると、ジェイは窓際から離れた。
「ああ、でも──衣服だけは着ておいたほうがいいよ、ブラウ」



(H12.9.23)
(H24.10.21改稿)



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