ジェイはうっすらと口元に笑みを浮かべた。
「抱いて。今、ここであなたが抱いてくれたら、僕はオリジナルになることができるんだ」
今にも泣き出しそうな頼りない表情で、ジェイは言う。
「断る」
と、<彼>はそう言った。冷たくて、薄情な唇だとジェイは思う。そうしておいて男は、ジェイの唇を奪った。
ひんやりと冷たい男の唇が、ジェイの唇を吸い上げる。ジェイはすかさず舌を突き出し、男の口の中に侵入した。男の舌はすぐさまジェイに応えて、二人は互いの舌を激しく絡め合い、唾液を交わしだす。
「んっ……ん、ふ……んっ」
キスの合間にジェイは艶めかしい声を洩らす。指先は、いつの間にか男の股間を撫でさすり始めている。
「ここで……今すぐ、抱いて……」
ジェイが言い、男の手はジェイの着ていた上着の裾からするりと中に入り込み、肌の上に指を這わせた。
「抱きはしない」
男は言った。
男の滑らかな指先はジェイの乳首を探り当て、きゅっ、と摘み上げ、こねくり回す。それだけでジェイは、自分の身体がカッ、と火照り出すのを感じる。
人通りがないと言っても、一筋向こう側は大通りに面している。時折、エア・クラフトやエア・カーの行き交う羽音のような軽い音が聞こえてくる。もしかしたら、誰かが二人の行為を目にするかもしれない。
そんなことを考えると、ますますジェイの身体は体温が上昇したような錯覚に陥る。アドレナリンは急激に増加しており、ジェイの身体は微かな震えを抑えることが出来ないでいた。
「あっ……あんっ」
男の手が、ジェイのストレートパンツを下着ごとひきずり下ろした。足下でもたついているのを、ジェイはもどかしい思いで足から引き抜いた。
「早く……早く、舐めて……」
施設の外壁にどっしりと背を預ると、ジェイは股を開いて立った。
くちゅり、と湿った音がする。
ブラウの前に跪いた男はゆっくりと目の前の性器を舐め上げ、喉の奥まで口一杯に頬張った。口全体でジェイの竿をきゅっと締め付ける。
ともすれば崩れ落ちそうになる膝で、ジェイは何とかその場に踏みとどまっている。気を抜くと、ずるずるとその場に座り込んでしまいそうなところまでジェイは翻弄されつつあった。
「……はぁっ……はっ、あぁぁ……」
男の頭を両手で掴み、喉の奥へと性器を押し付けるとこの上もなく気持ちよかった。しかし、それだけではイくことはできない。ジェイが求めているのは、それ以上の刺激。自分の後ろの孔に与えられる、甘美な刺激をジェイは待ち望んでいるのだから。
「ああぁぁ……ぁっく……うぁっ……」
両肩に体重をかけると、本格的にジェイは壁にもたれかかった。腰を男のほうへと突き出すと、口が離れていった。そしてすぐさま、節くれ立った指が尻の割れ目を探り出す。
男の舌はざらざらとしていた。舌の表面は細かい棘でびっしりと覆われているかのようだった。じゃり、じゃり、と男が性器をしゃぶり上げるたびに、ジェイはちくちくとした痛みを感じていた。 「あっ……ひぃっ……ん……!」
ピリピリとしたまた別の痛みと共に、ジェイの後ろへ男の指が挿入される。
ジェイは、両足をふんばり、愛撫を受けやすいように少しばかり腰を前へ突き出した。
「それほどまでにオリジナルになりたいのか」
男が言った。
「ぁああんっ……やっ、挿れて……挿れてくれないと、イけなっ……」
ジェイの性器の先端からは、白く濁った精液が溢れ出してきている。今にも爆ぜてしまいそうなのに、ジェイはその瞬間を自ら堪えることで先延ばしにしているようだ。
「抱きはしないと言った」
男は冷たくあしらうと、ジェイの後孔に入れた指をぐりぐりと突き動かした。
「やぁぁぁっ……あっ……ふぁ、いい……いいっ!」
口の端から涎を垂らしながら、ジェイは腰を前後に振っていた。肉襞の入り口が収縮を繰り返し、銜え込んだ男の指をこれでもかと締め付ける。粘膜が、溶け出してしまいそうなほどに熱かった。 体中の血がジェイの一点へ集まってきているような感じがする。
もっとがっしりとした質感を求めてジェイが腰を蠢かした瞬間、男の指がずるりと後ろから逃げていった。
「やっ……は、はっ、はぁぁぁぁっ……」
首を左右に振り、ジェイは頼りなげにかくかくと膝を震わせた。
「──いつまでそこで見ているつもりだ」
男はジェイから離れると、生い茂った草むらに目を向けて静かに言葉を投げかけた。
「今、出てこなければ命はないものと思え」
男が告げるとすぐに、暗がりの中からブラウが姿を現わす。黒いつなぎを身に着けたブラウは、無表情に男を睨み付けている。
「オレたちに関わらないでくれ」
歯の間から絞り出すように、ブラウは言った。
何もかも彼のせいだ。
彼のせいで、ジェイはおかしくなってしまった。
これまでにもオリジナルに憧れてはいたものの、これほどまでの執着を見せたことはなかった。なのに、彼が現れた途端、ジェイはオリジナルに固執して、ブラウを傷付けてまで彼の後を追おうとした。
彼のせいだ。
彼が、ジェイの前にさえ現れなければ……。
「関わるつもりは毛頭ない。さっさと連れて帰るがいい」
ブラウは、男の言葉を最後まで聞かずにジェイに走り寄っていた。男は、ジェイに駆け寄るブラウをじっと見据えている。
「何もああまですることはなかったんじゃないの?」
咎めるように、男のすぐ後で声がした。
男はゆっくりと振り向いた。黒い髪に、ガラス玉のようなオレンジ色の猫の瞳。黒っぽいスリムパンツは身体にぴたりとフィットしており、機能的な作りになっている。そして何よりも驚くべきことに、声の主は、ジェイと瓜二つの姿をしていた。
「可愛そうに」
憐憫の眼差しで、ジェイにそっくりの青年は二人を見た。
「知らないのなら、そのまま殺してやったほうが将来のためだ」
冷淡な口調で男が言うと、青年はそっと男に寄り添い、彼の非情な手を取った。
「今回のことは僕らが悪いんだよ。僕らのほうから、勝手に彼らの領域に入り込んだんだからね」
青年はそう言うと、男の唇に人差し指を押し付ける。
「行こう。ここでは、僕らのほうが招かれざる客なんだ」
闇は、男のもっとも落ち着くことのできる場所だった。木の枝が張り出して陰になったところへと足を向けると、男は青年と共にこの場を去ろうとした。
「待って……行かないでっ!」
ジェイが、掠れて聞き取りにくくなった金切り声で叫んだ。
全身の熱を一点に溜め込んだまま、ジェイは木の根本に座り込んでいた。露出した性器からは、次から次へと白濁した精液が溢れ出し、竿を伝い落ちている。
「ジェイ、やめろ。そんなにあいつがいいのか?」
憎々しげに、ブラウは吐き捨てた。
「オレがいるだろう? ずっとジェイの側にいただろう、オレは。それなのに、あいつがいいのか? あんな、得体の知れないやつの方がいいって言うのか、ジェイは?」
ブラウの言葉も、ジェイの耳には届いていない。
手を伸ばし、男を求めて苦しそうに顔を歪めている。
「名前を……せめて名前だけでも、教えてくれ」
と、ジェイ。
何かに縋りたいのか、それとも……。
男は何も言わず二人に背を向けた。足音一つ、衣擦れの男さえも立てずに男はその場を立ち去ろうとする。
「待って! お願いだよ、名前を教えて」
必死の思いでジェイは懇願していた。
どうしても、オリジナルになりたい。オリジナルになって、彼に抱かれたいとさえ思っていた。
「教えてあげなよ、名前ぐらい」
男の腕を掴んだ青年が、ぐるりと前へと回り込むと、男の目を正面から見据えて言った。 「彼らに罪はないんだから」
しかし男は、青年の言葉には耳を貸さなかった。何も言わず、ジェイのほうをちらとも見ずに、闇の中へ溶け込もうとする。
青年は溜息と共に口元に奇妙な笑みを浮かべると、男を追って闇の中へと消え去った。
「待って、リーイ」
暗がりで、青年の声が響く。
ジェイはブラウに抱きしめられたまま、その声を耳に留めたのだった。
(H24.10.21改稿)
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