目を閉じると、瞼の裏でパチパチと火花が飛び散っているような感じがする。
佐山は床についた四肢にぐい、と力を入れ、桐谷を受け入れていた。
我ながら矛盾しているな、と思わずにはいられない。
強引な桐谷の行為を拒絶しようとする自分と、彼の腕の中にある温もりを求める自分。
何故、自分はこんなにも桐谷に惹かれるのだろうか。
同じ男性で、同じ仕事に従事する桐谷に、何故、自分はこれほどまで惹かれるのだろうか。
「──おい、喰い千切るなよ」
不意に髪を掴まれ、佐山は後方へと頭を引っ張られた。
「聞いているか、佐山。ここが……」
と、桐谷は耳元で低く言った。
「お前のここが、締まり過ぎなんだよ」
結合部にするりと指を這わせた桐谷は、その部分を軽く突ついてくる。
「っぁ……はっ、うぁ…っ……んんっ!」
佐山の中に収まった桐谷の性器が、ドクン、ドクン、と脈打っている。挿入された時からしっかりとした質感と体積を持っていた桐谷の性器は、佐山の締め付けを受けて更に固さと大きさを増した。
「ひっ……」
桐谷が腰を動かすたびに結合部からは、湿った音が聞こえてきている。桐谷の精液と、それからわずかではあったが、挿入時に傷ついた部分から滲み出た佐山の血液が混じっている。
桐谷に扱かれている佐山の性器には、身体中の血が沸騰して集まってきているような感じがした。そこだけが妙に鋭敏で、感じやすくなっていた。その部分だけが熱を持っているような感覚で、玉の裏から筋を辿り、カリの部分を爪で引っ掻かれると精液がとめどなく溢れてきた。
ぐちゅ、ぐちゅ、と、わざと音を立てて、桐谷は腰を動かした。
「……あぁ……イきそうだ……」
桐谷の掠れた声は、佐山にはどこか遠くのほうから聞こえてくるような気がした。
目が覚めた時、佐山はどこだかわからない場所に寝かされていた。
大きなダブルのベッドに寝かされており、男のにおいのする寝間着を着せられていた。
薄暗い。いったい今は何時ごろなのだろうかと頭を巡らせてみたが、部屋に時計は置いてなかった。カーテンの向こうの様子からすると、明け方か夕方のような感じがする。
「……痛っ?」
起きあがろうとして、身体の奥深くに残る倦怠感と鈍い痛みとに佐山は顔をしかめた。
何となく覚えているのは、意識を失う寸前のこと。目の前が真っ暗になって、それでも卑猥な湿った音だけが耳に大きく響いていた。切れた部分の痛みと、それ以上に大きな快感が肉壁の内と外とで渦巻いていて、佐山の理性を奪い取っていった。桐谷のものが内壁を擦り上げるたびに、声が洩れた。いや、本当は堪えようとしたのだが、どれもこれも失敗に終わった。桐谷の手で触れられ、扱かれるだけで佐山の性器はビクビクと大きく震え、白濁した苦甘い液を滴らせた。途切れ途切れの意識の中、佐山は女のように鼻にかかったよがり声をあげ、腰を振っていたような気がする。
とんだ失態だ。
これからも同じ職場で共に働くだろうはずの桐谷に、あんな痴態を見せてしまうなんて。 それ以上に、彼の腕の温もりを求めてしまったこと自体がいけなかったのではないか。憧れは憧れのまま、胸の奥に眠らせておいたほうがよかったのかもしれない。
そんなふうにぼんやりと考えていると、ドアが開いた。
「まだ寝てるのか?」
桐谷だ。ドアのところに背を預けると、彼はじっと佐山の様子を眺めている。
「桐谷さん……」
何か言わなければと、佐山は思った。
口を開き、何か言わなければとするのだが、一つとして言葉が出てこない。頭の中は冴え冴えとしているというのに、言葉が出てこない。言いたいことはもちろん、いくらでもある。なのに言葉が出てこないのだ。
「ん? どうした? 言葉も出ないほど気持ちよかったのか?」
冗談めかして桐谷が言う。
瞬間、佐山は頬がかっ、と赤くなるのを感じた。
確かに気持ち良かった。桐谷の指は繊細で、的確で、佐山をまっすぐに高みへと導いた。何度も、何度も。
「聞かないでください、そんなこと」
そう返す佐山は、無意識のうちに伸び始めた髪に指を絡ませた。房ごと人差し指に絡め取り、弄んでいる。
頬を朱色に染めて俯く佐山の傍らにやってくると、桐谷はベッドの縁に腰掛けた。
「悪いことをしたとは思っていない。お前だって、そうだろう?」
と、桐谷に顔を覗きこまれた佐山は、小さく頷いた。
「僕は……あなたの腕の温もりに癒されたかった。その腕の中で、安心したかったんだ」
佐山が言うと、桐谷はほらな、とでも言うかのように口元に笑みを浮かべた。
「お互い、持ちつ持たれつ、ってわけだ」
佐山は、その言葉にも頷いた。
「そうです。僕はあなたの腕のぬくもりが欲しかったし、あなたは……セックスすることができるのなら、相手は誰でもよかった。性欲を満たすことができれば、それで充分──」
「だれかれ構わず手当たり次第というわけじゃない」
佐山が最後まで言いきってしまうよりも早く、桐谷がその唇を塞いだ。
そう言って桐谷は軽く佐山の唇を吸う。
それから、佐山の目を覗きこむと酷く優しい声で尋ねた。
「俺の腕の中は安心できるのか?」
桐谷の部屋を後にした佐山は、自分のマンションに戻るとすぐさまベッドの上に身を投げ出した。
酷く疲れていた。
肉体的にも、精神的にも。
あんなことがあった後だ。疲れていないはずがなかった。
 うつ伏せになるとすぐに、頭の中に桐谷の顔が浮かび上がってきた。
出会った時から佐山は、強い意志をその身に纏った桐谷に惹かれていた。
同じ男として、そして同じ仕事に従事する同士として憧れていたし、尊敬もしていた。桐谷の人間的な強さにも惹かれていた。
桐谷に対してよこしまな気持ちを抱いたこと自体は悪いことだとは思っていない。が、それを桐谷本人に知られてしまったのは失敗だったかもしれない。
枕の端を握り締め、佐山は深い溜息を吐いた。
この先、どうしたらいいだろう。桐谷とどう接すればいいのだろうかと考えながらも、佐山はどこか楽天的でもあった。
桐谷との身体の繋がりは、とても脆い。一度ぐらい関係したからといって、即恋人同士というわけでもないだろう。桐谷自身も「お互い、持ちつ持たれつ」と言っている。もちろんそのことも佐山にはよくわかっていたが、それでも身体が、心が求めてしまうのだ。桐谷の強さを。
桐谷の腕は安心のできる場所だった。佐山自身の弱い部分を曝け出したところでビクともしない、強靭な意志の力で支えてくれる。ぶっきらぼうな一面もあったが、その端々に滲み出る優しさが、佐山にはたまらなく愛しく思えた。
恋は盲目とはよく言ったものだと思いながら、佐山はもう一つ、溜息を吐く。
目を閉じると、桐谷と過ごした時間が蘇ってきた。
「俺の腕の中は安心できるのか?」
まるで耳元で桐谷に囁かれているかのような気になってしまう。
だけど、と、佐山は思う。
安心できるから惹かれたのではない。彼の強さに惹かれていたのだ、と。それから、彼の腕の中があたたかくて、随分と心地好いことに気付いた。
「駄目だ……ハマッちゃったみたいだ……」
力なく佐山は呟いた。
心地好い気だるさの中で、ゆっくりと佐山の目は閉じていく。
とにかく、眠ろう。一晩ぐっすりと眠って、明日、目が覚めてからこれからのことを考えればいい。
あれやこれやと考えることを止めると、意識が眠りの闇へと沈みこんでいくのが感じられた。
「あなたの腕の中が、いちばん安心できる……」
意識を手放す直前、佐山は無意識のうちに呟いていた。
END
(H15.6.28)
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