女がずるりとコーシャの胸の中から手指を引き抜いた。白くか細い指には、血の一滴すらついておらず、コーシャの胸もまた、傷一つなかった。
その瞬間、コーシャは気付いた。
自分の目の前にいるのは、これは女ではないのだ、と。
今の今まで、女だと思っていた。それに、獣の姿をしていた時には間違いなく雌の匂いを放っていたのだが。
「体液を交わせば、お前は決して私から離れることが出来なくなるだろう」
女……いや、セヴァルヴェイユはそう言うと、身体にまとっていた緑がかった白いガウンをするりと床に落とした。蜻蛉のように揺らめき、佇むその姿にコーシャはごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
膨らみのない、薄い胸。コーシャのようにごつごつとした逞しい筋肉はなくとも、確かにセヴァルヴェイユは男だった。だが、それならば何故、獣の姿の時には雌の匂いがしたのだろうか……。
「私のことはセヴァと呼んで……」
そう言うとセヴァは、コーシャの唇に噛みつくような口吻をした。
唇と唇がぶつかり合い、噛みつくように互いを求め合った。初めてであるのにも関わらず、コーシャはセヴァの動きに応えて唇を求めた。舌先でセヴァの唇の端をつつき、甘い香りのする口腔を蹂躙していく。
唇が離れそうになるたびに、どちらからともなく相手の頭をしっかりと抱え込み、また唾液を交換し合う。
セヴァの口腔は甘い密の香りがした。舌はコーシャの舌よりも滑らかで、くねくねと奔放に動く。コーシャの口腔内をたっぷりと堪能した後でセヴァは、ようやく唇を解放した。その時には二人とも息が上がっており、呼吸は随分と粗くなっていた。
「こちらへ……」
セヴァは誘うようにコーシャを見上げた。流し見る鳶色の眼差しは、コーシャの中の雄を間違いなく煽っている。
コーシャはセヴァの後について広い部屋に入った。六角形の天蓋のついた大きなベッドが部屋の中央に置かれているだけの、だだっ広い部屋だった。
「さあ、私を抱くがいい」
挑発的にセヴァは言い、コーシャはそのほっそりとした蜻蛉のような身体をシーツの上に押し倒した。
「あっ……はぁっ……」
低く掠れたセヴァの吐息は、声は、コーシャの脳に確実を爪を立てていく。死に至ることは決してないが、その甘美な刺激はコーシャの感覚を奪っていく。思考能力を、痺れさせていく。
身体中の血が沸き立ち、逆流しているような感じがして、コーシャはその感覚を頭から振り払うように、さらに激しく口吻を繰り返した。
「っ……ぁっ……」
セヴァの平たい胸を舌先でつつくと、ピクピクと身体が小刻みに痙攣する。コーシャはその反応を愉しみたくて、執拗にセヴァの胸の先端を甘噛みする。セヴァの身体中から甘い香りが立ちこめていた。その香りはコーシャが愛撫を加えるごとに強くなっていく。
「ああっ……あ、あ……」
背を反らし、腰をくねらせてセヴァはコーシャの愛撫を受け止めようとした。
コーシャは、セヴァが反応を返す箇所へは執拗に触れた。指先で、唇で、舌で。たまに軽く噛むこともあったが、たいていは舐め上げた。丹念に舐めては、次の敏感な箇所をさらに焦らすように舐めていく。
セヴァは潤んだ瞳でコーシャを下から見上げると、舌なめずりをした。
「早く……早くっ……」
コーシャの口吻に応えながらセヴァは、腰を突き出す。互いの性器が擦れ合い、湿った音を立てた。
「欲しい……お前の……早く…──」
コーシャはごつごつと節くれ立った親指でセヴァの性器を扱いた。セヴァの腰はじわりじわりと揺らぎ、甘美な声がコーシャの脳をさらに刺激する。
コーシャはゆっくりとセヴァの肌を滑り降りた。唇で肌を掠りながら、指先でそっと愛撫を加えながら。
「あっ、あぁっ……」
身悶えながらもセヴァは、潤んだ瞳で愛しげにコーシャを眺めた。
白い肌に口付けながらコーシャは、セヴァの性器をちらりと見る。青白い皮膚の先端に、先走りの液が溢れ出している。匂い立つのは、百合の芯のような匂いだ。青臭くて、じゃこうの匂いにも似たきつい匂い。
セヴァの先端に鼻をすり寄せ、コーシャは思い切りその香りを吸い込んだ。
鼻の中いっぱいに、セヴァの匂いが広がる。ピクピクとセヴァのものは震えながら、次なる愛撫を待ち受けている。
コーシャは舌先でセヴァを舐め上げ、玉袋を揉みしだいた。
捕らえた獲物が足下でもがいているような、そんな妄想がコーシャの中にふっと沸き上がる。儚げなセヴァに対する嗜虐性がこみ上げてきて、持て余し気味にコーシャは舌を使った。袋の裏側に舌を這わせ、そこから筋を通って後ろのすぼまりを舐めた。わざと音を立てて舐めると、セヴァは恥ずかしがって身体を捩った。
「ぅああっ……あっ、はぁっ……」
セヴァのすぼまりは生々しく蠢き、コーシャを誘っている。
ヒクヒクとしているセヴァのすぼまりにコーシャは舌を突き立てた。すぐにきゅっ、とセヴァはコーシャを締め付けてくる。セヴァの中は熱くて狭かった。儚げな容姿の割には強い力で締め付けてくるので、コーシャは密かに驚いていた。
「中に、挿れさせてくれ」
うわごとのように呟きながら、コーシャはくねくねと舌を動かした。セヴァの狭い内壁に沿って舌を動かすと、強い力できゅっと締め付けてくる。
セヴァが身体を戦慄かせると、それだけで先端から乳白色の液が溢れ出す。コーシャはずるりと舌を抜き出すと、先端の窪みに溜った精液をペロリと舐めた。
「ぁあ……」
ほんのりと上気した目元が、艶めかしい。目尻の端をしっとりと濡らして、セヴァはコーシャが自分の中に入ってくるのを待っている。
コーシャはセヴァの足を限界まで開脚させると、その中心へと腰を押し進めた。突き上げるように、時にはすぐ入り口まで引き抜いたりを繰り返して、セヴァを焦らした。
セヴァは嫌々をするように首を横に振ると、艶めかしく喘ぎながらコーシャの腰に足を絡めた。白い華奢な足はぴたりとコーシャの腰に落ち着き、コーシャの動きに合わせて上下した。
ゆっくりとコーシャが腰を押し進めると、セヴァは長く低い喘ぎを洩らす。
ざらざらとした掠れたセヴァの声に、コーシャはそそられる。自分は誘われているのだと、思わずにはいられない。セヴァはそれを知っていて、わざと声をあげているのだ。この掠れた低い声が、自分を抱いている者にある種の効果を与えているのだということを知っているのだ。
「ぃやぁ……ん、はっ……はっ……ぁぁあぁ……」
ぎり、とセヴァの足がコーシャを締め付ける。
繋がった部分はさらに強くセヴァを穿ち、内壁を突き上げる。
「あっ…あ、……ぅぁっ、ひっ…あああっ!」
ぐい、とコーシャが一際大きく突き上げると、セヴァは痙攣したように身体を小刻みにひくつかせた。
コーシャの腹にあたっていたセヴァの百合の芯のような性器から白濁した液が放出される。熱い迸りは、コーシャの腹をべったりと濡らしていく。
「だめっ」
コーシャが自身を引き抜こうとすると、セヴァは我に返ってひし、とコーシャにしがみついた。
「まだ、お前は……」
そう言うとセヴァは、そのままの体勢で腰を揺すり始めた。
いつの間にか二人は、ベッドの上で組んず解れつし、一つの影となっていた。
横になったコーシャのものを口に含んだセヴァは、自分のものと後ろの穴とを同時に愛撫されている。
セヴァの中をまさぐるコーシャの指がくい、と内壁を引っ掻くと、艶やかな声が洩れる。面白がってコーシャが何度も繰り返すと、セヴァはお返しとばかりにコーシャのものを唇で激しく扱いた。肉感的な唇がコーシャの竿を包み込み、舌先でその輪郭をなぞっていく。コーシャの先端の割れ目にセヴァが滑らかな舌を突っ込むと、さすがのコーシャも声をあげ、肩で息をしなければならなかった。
「んっ……ふぁっ……ぅ……」
何度目かの放出を間近に感じたセヴァは不意にぐい、とコーシャの髪を引っ張った。コーシャは顔をあげて、セヴァから身体を放した。
華奢で儚げなセヴァの身体は、ほんのりと上気して赤みが差している。対するコーシャの体躯は逞しく、がっしりとした筋肉の盛り上がりは岩のようにも見える。
「さあ、私を犯せ。この私のものになるために」
挑みかかるようにセヴァが言った。
コーシャはセヴァの肩をぐい、とシーツに押し付け、跪かせると乱暴に挿入した。もう何度もコーシャの迸りを受けてドロドロになっていたセヴァのそこは、すんなりと、しかしそれでもなお収縮を繰り返しながらコーシャを受け入れていく。
ずぶずぶとコーシャは、セヴァの中に己を突き立てた。
根本まで自身を埋め込んでしまうと、コーシャは腰を前後左右に揺すり上げる。セヴァの内壁はきゅっ、きゅっ、とコーシャを締め付け、貪欲な蛇のようにさらに狭くて奥深いところへと飲み込もうとしている。
獣のように後ろから犯しつつもコーシャは片手でセヴァの性器を扱き上げた。根本からぐい、と掴んだ状態で掌全体を使って上下させると、先端から零れ落ちた精液が湿った音を立てて鳴った。
「あっ、あぁ……く…ぁ……っ」
コーシャの動きに合わせて、セヴァは淫らな声を室内に響かせた。
それから間もなくして、コーシャは獣のような咆哮をあげてセヴァの中に自身を解き放った。
倦怠感に包まれて、コーシャはセヴァの隣にどう、と倒れ伏した。
酷く疲れたような感じがするのは、気のせいではないはずだ。
「──…お前……お前の名を、教えてくれ」
掠れた声で、セヴァが言う。
「コーシャだ」
応えると、セヴァは手を差し伸べてコーシャの頬に指先で触れてきた。
「コーシャ。お前は今から、私のもの。私の命令に従い、生きるのだ」
「セヴァルヴェイユ……」
と、コーシャは呟く。
セヴァは一瞬、驚いたようにコーシャを見上げた。それから言葉を選びながらコーシャに尋ねかけた。
「お前は何故、私の名を知っている?」
セヴァの名を初めから知っていたわけではない。コーシャは口元ににやりと淡い笑みを浮かべると、面白そうにセヴァを見つめる。
「ここに……」
と、コーシャはセヴァの胸のあたりを指でとん、と突いて、言った。
「このあたりに、お前の思っていることが浮かび上がってくるんだ。それを俺は、感じ取ることが出来る。お前の力がどんな力だろうと、俺は少しもお前を恐れはしない」
誇らしげにコーシャは返した。先刻、コーシャが名を呼んだ時には気付かなかったのだろうか。セヴァは苦虫を噛み潰したような表情でコーシャを睨み付けている。
「では、お前は……いや、お前も、私のように力を持っているのだな」
コーシャは何も言わずににやりと笑い返しただけだった。それだけで、セヴァにもコーシャの言いたいことが理解できた。
白く華奢な指で、セヴァはコーシャの頭をぐい、と引き寄せる。掠めるように唇を合わせると、唾液と精液の混じり合った甘苦い味がした。
「──…私の誤算だったようだ。お前が何某かの力を持っているとは、考えもしなかった」
小さく呟いて、もう一度セヴァは口吻をせがむ。
コーシャは何も言わずに、セヴァの唇を強く吸った。
今のコーシャは、言葉がなくてもセヴァの胸の内が手に取るように理解できた。
それは、もしかしたら魔界の力のおかげなのかもしれない。
山犬とも人間ともとれぬ異形の姿をした物言わぬ生き物だったものは、魔界の力を得た。半妖の血筋ではあるが、まさしく魔界の血を受け継いだコーシャは、魔界の地に降り立つことでもともと彼が潜在的に備えていた力をようやく開花させることができたのだ。
深く深く口付けると、今度はそっと、セヴァをベッドに横たえてやる。セヴァの蜻蛉のように華奢な身体の隅々をまさぐりながらコーシャは、その身に甘く湿った魔界の風を感じていた。
END
(H14.6.22)
(H24.6.14改稿)
|