逃走の旅は終わりに近付いていた。
山越えは辛くはなかった。
その先にあるものしか、二人には見えていなかった。
その先にあるものしか、二人は信じていなかった。
二人は必死に山を駆け下りた。
何日もかけて、自分たちがいたという痕跡を残さないようにして、新天地へと降り立った。
誰も、自分たちのことは知らない。
誰も、二人が忍び者だったということに気付かない。
二人は山一つ越えた向こうの麓で新しい生活を始めた。
人里から少しばかり離れたそこが、二人の新たな生活の場となった。
「カゲハ……カゲハ、カゲハ……」
イサリは犯されていた。
カゲハの逞しい肩に両足を掬われ、激しく腰を叩きつけられていた。
新しい生活に飛び込んで、かれこれ一年が過ぎようとしている。カゲハは最近、ますます逞しく男らしい体付きになってきた。それに引き替えイサリは相変わらずの貧弱な体格で、いつまで経ってもカゲハには適いそうにない。
「あっ……ぁふぅ…っ……」
突き上げられ、焦らされるとそれだけでイサリの股間のものは固く屹立し、透明な蜜を溢れさせる。
カゲハは強弱をつけて腰を揺さぶりながら、そっとイサリの性器に手を伸ばしていく。
先走りの露でしとどに湿ったそこに指を絡めると、甘くくぐもった喘ぎ声がイサリの喉の奥から洩れた。
「一緒に……ぁ……カゲ…ハ……」
イサリの後孔に穿たれたカゲハのものが、ドクドクと脈打っている。
この一年でイサリは、随分とカゲハの身体に慣らされた。忍び者の里にいた頃とは比べものにならないぐらいの激しい行為を強いられ、それでもおとなしくイサリはカゲハに従った。好いた相手のすることだからと、何も言わずに従ったのだ。カゲハはそんなイサリに苛立ちを感じるようになっていた。自己を主張しない控え目な態度のイサリに、焦れったさを感じていたのだ。
「一緒に? なら、お前の好きなように動いてみせてくれ」
そう言ってカゲハは、すっと腰を引く。
「あぁぁっ……やっ、だめっ……抜かないで!」
慌てて腰をカゲハのほうへと押し付けるが、ずるりと引き抜かれ、イサリの後孔は戦慄き収縮を繰り返した。
「ど……して……」
じんわりと目尻に涙を溜めて、イサリは物欲しそうにカゲハを見上げる。
「今まで、俺から求めるばかりでお前から求めてくることは一度としてなかった。お前から、してくれ。どうして欲しいのか俺に言ってくれ」
真摯な眼差しがイサリを見下ろしていた。
思い詰めたような、何とも言えない物悲しい眼差しがイサリの胸をずくん、と鷲掴みにする。
「……わたしから?」
恐る恐る、イサリは尋ねる。
「そうだ。お前からするんだ。さあ、どうして欲しいのか言ってくれ。自分で思っているように、動いてくれ」
日に焼けた逞しくも無防備な身体がイサリを待っている。
イサリは躊躇いがちに身を起こし、カゲハの厚い胸板にしがみついていった。
深い口吻を何度も繰り返した。
イサリはカゲハを布団の上に押し倒すと、その上に馬乗りになる。
「あっ……く、ぅぅ……」
華奢な身体は白魚のようにビクビクと震えながら、カゲハ自身を体内に納めていく。深く熱いイサリのそこは、きつく締まってカゲハを圧迫した。
「……それだけか?」
カゲハが問う。
これくらいのことなら、いつだってさせている。カゲハが強要せずとも快楽の波に飲み込まれてしまえば、イサリは自分から腰を振り、卑猥な言葉を口にした。男を悦ばせる術なら既に会得しているのだから。
「ちがっ……」
イサリは尻にぐっと力を入れると、そのままカゲハを締め付けたまま、腰を上下に揺らし始めた。
「んっ……ふっ、あぁ……」
まるで煽るかのように、濡れた瞳でじっとカゲハを見つめたままでイサリは自分の性器に手を這わせる。見せつけるような仕草でゆっくりと勃ち上がったものを扱き、わざと湿った音を立てる。
唇を舐めるイサリのその仕草に、カゲハはごくりと喉を鳴らした。
「イサ…リ……」
両手でイサリの華奢な腰を掴むと、動きに合わせて突き上げた。ぐい、と突き上げるとイサリの身体の前立腺にカゲハの括れのあたりがぶつかった。こりこりとする感触を先端で楽しんでから、カゲハはさらに激しく突き上げた。
「…ぁ…ひぁっ……はっ、あぁ……」
イサリは覚束ない様子で身体を揺らし、カゲハが突き上げるたびにだらしなく口の端から涎を零した。
しばらく抽送を繰り返すと、イサリは手を差し伸べてカゲハに掴まろうとしてきた。カゲハは上体を起こすと、両手でイサリの身体をぎゅっと抱きしめる。イサリは投げ出したままの足を立て膝にして、カゲハの腰に絡めた。
束の間、二人して抱き合ったままじっとしていた。
汗ばんだ肌が夜気に晒され、ひんやりとして気持ちいい。
「……痕が残ってしまったな」
息を整える間に今更のようにふと気付いたカゲハは、イサリの肩の傷に指を這わせて呟いた。
「これぐらい……カゲハの傷に比べたら」
カゲハの肩に頭を預けたままでイサリが返す。
カゲハの身体のあちこちには大小様々な傷が残っていた。鋭い岩や木の枝で切り裂かれた傷や、刀傷、刺し傷。その傷のすべてが、カゲハの力のすべて。イサリを連れて逃げ出すための力の素となった。傷の数以上の戦いを越えてきたからこそ、抜け忍となる覚悟も出来たのだろうとイサリは思っている。
「せっかくの綺麗な肌に……」
イサリの耳朶を甘噛みしながら、カゲハは囁いた。
「俺の力が足りなかったせいだな」
そう言うとカゲハは、イサリの傷跡に唇を寄せた。軽く唇を押し当て、それからねっとりと舌を這わせる。傷跡の周囲を執拗に舐め取り、舌で傷の中心をくい、と押した。
「……ぁっ……!」
ビクン、とイサリの身体が跳ねる。
まだ挿入されたままのカゲハは、イサリの身体の中で暴れたがっている。イサリのほうも、そうだ。中途半端に放り出された行為の続きを、身体は激しく求めている。
「──これからは、何があってもお前を守ってやる」
それが、行為の再開の言葉だった。
カゲハに抱かれながら、このまま溺れてもいいと、イサリは思った。
カゲハの腕の中で、眠るように死ぬことが出来たら、とも。
そんな馬鹿なことを考えながらイサリは、自分が常に高望みをしているということに気付いてしまった。
最初は、カゲハに声をかけてもらえたらと願うだけでよかった。それが、里を逃げ出したくなった。男たちの慰み者でいる自分から逃れたくなったのだ。カゲハと共に里を逃げ出した後には、二人だけの生活を望んだ。
もう、これ以上は望むものはない。
いや、望んではいけない。
これ以上を望むのは、罰当たりなことだ。
カゲハと一緒にいられる、それだけで満足ではないのか?
ぼんやりとした思考の中でイサリはそんなことを考えていた。
カゲハはまだ、イサリの中にいる。大きくて固いカゲハの性器は、イサリを優しく苛み続けている。
「……一緒にゆこう」
カゲハが言った。
イサリは全身の力を振り絞ってカゲハにしがみついていく。
もう、何も解らない。
頭の中はカゲハの色一色になって、考える気力すら今はない。
「カゲハ……もっと……もっと、強く抱いていて……」
爪痕が残るほど強く、イサリはカゲハの背に指を食い込ませた。
離れたくない。その一心で、ありったけの力でしがみつく。
「ふっ……くっ、ぅ……!」
カゲハが一際大きく腰を突き上げた瞬間、イサリの身体の中に熱い迸りが叩きつけられる。身体の中をいっぱいに満たしてもまだ溢れ続けるそれは、互いの結合部からだらだらと流れ落ち、布団の上に小さな染みを作った。
溜息のような深い吐息を吐き出すカゲハの身体の上で、イサリは自ら腰を揺すり続けている。先にカゲハがイってしまったのにも気付かない様子で、必死に自分の快楽のみを追い求めている。カゲハの無骨な指先がイサリの鈴口を刺激すると、勢いよく射精が始まった。
「ぁ……はっ…ぁぁんっ………!」
あられもない表情で嬌声を上げると、イサリはぐったりとカゲハに寄りかかった。
カゲハは汗でじっとりと濡れたイサリの髪を掻き上げ、こめかみに口吻た。
ふと気付くと、どこか遠くのほうから鳥の声が聞こえてきている。
夜明けの澄んだ冷たい空気の紛れた風が、隙間風となって入り込んでくる。
これが新しい生活、カゲハと二人きりの生活なのだと、イサリは心の中でぼんやりと思った。
──多くを望んではいけない。
カゲハの胸の中でそっと目を閉じたイサリは、自らに言い聞かせるように呟いた。
その後。
カゲハとイサリの二人は、里の追っ手から逃げ延びたのかどうか。
それは誰にも解らない。
きっとそれは、二人だけが知っているはずだから。
死にゆく最期の瞬間に、二人はどう思うだろう。
二人きりで生きた日々があったことを瞼の裏に思い浮かべながら、手に手を取って死ぬことが、果たして叶ったのだろうか──?
(H14.10.13) (H24.3.14加筆修正)
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