戦後のまだ焦げ臭いにおいの残る焼け跡で、千代は米兵に追いかけられた。
必死になって、千代は裸足のまま逃げた。土を蹴って走ると、小石で足の裏はあっと言う間に血だらけになった。
傷だらけの足は痛くて、うまく走ることができない。すぐに足の裏だけでなく爪も割れ、それでも千代は逃げようとした。逃げなければ殺される。或いは、それ以上に悪いことが自分の身の上に降りかかるだろう。ぜいぜいと息を切らして、痛み始めた脇腹抱えるようにして、千代は掠れた悲鳴を上げて逃げる。
だが、助けてくれる者は一人もいない。皆、自分達が同じ目に遭うのを恐れているのだ。 何ほども行かないうちに千代は肩を掴まれ、着ていたものを剥ぎ取られた。破られた着物は母の形見だった。
片言の日本語を喋る、日本人の黒ではない髪と瞳の屈強な男たちが、千代を取り囲んだ。 裸にひん剥かれ、地面の上で四つん這いにされると千代は米兵たちの黒くてごつい太竿を何本もしゃぶらされた。何度もえずき、涎と鼻水と涙でドロドロになった千代の顔に、青臭いザーメンがかけられ、千代は穢された。
それから、数人がかりで押え込まれ、てらてらと光るどす黒いもので処女膜を貫かれた。 痛い、痛いと啜り泣きながら千代は米兵たちの手で女にさせられた。
ちょうど初めての月のものが下りてきていたために股の間から精液と血液とを大量に垂れ流したままで千代は、草むらの中で気を失っていた。
通りがかりの質屋の主人に発見された千代はその後、この忌まわしい記憶をすっかり忘れ去ることで、自らの心の平穏を取り戻したかのように見えたのだった。
十五歳の千代は、利発そうな顔立ちと、白く滑らかな玉の肌の器量由として世間で評判の娘に育った。千代の着る洋服は質流れになったどこかの金持ちの娘が着ていたものだったが、どれも彼女に似合っていた。
質屋の加茂屋平太郎の養女として彼女が迎えられたのは、千代が十三の歳のこと、米兵たちに犯された直後のことだ。
平太郎は千代を自分の娘のように目をかけ、可愛がっていた。ことあるごとに千代を自らの膝の上に座らせ、髪を撫で、時には優しい言葉をかけてやった。
平太郎の妻のマツは二度目の妻だった。お互い再婚同志だったが、平太郎に子はおらず、マツには二人の子がいた。が、先の空襲で娘を亡くしたマツもまた、千代を我が子のように可愛がった。
戦争の爪痕は目に見えるものから次第に修復されつつあったが、心の傷まではすぐに癒すこともできず、いまだ世間は膿んでいた。
そんな加茂屋に、戦後の混乱で行方知れずとなっていた息子の伸太郎がふらりと帰ってきた。伸太郎はマツの息子で、歳は二十四。日本帝国軍に志願し、出兵。ラバウルへ飛んだところまでは足取りが掴めていたのだが、その後、平太郎一家が空襲で家を焼け出されたため、お互いに連絡を取り合うことができずにいた。
息子は死んだものだと思い、今日までやってきたマツだけでなく、平太郎も息子の帰郷に喜んだ。住み慣れた家はもうなかったが、それでも、こうしてまた家族が再会できたのが嬉しくてたまらなかった。
「父さん、母さん……ただいま帰りました」
薄汚れた姿ではあったが、伸太郎の好青年ぶりは誰もが認めていた。日に焼けた浅黒い肌と、対照的な白い歯。笑うと目がすっと細くなり、いっそう愛想がよくなる。
初めて伸太郎に引き合わされた日、千代は彼のことを好感を持った眼差しで見つめていたのだった。
一週間もすると、街のあちらこちらで千代と伸太郎が本当の兄妹のように仲睦まじく歩いている姿が見られるようになった。
近くの神社の境内で遊ぶ雀を見ては喜ぶ千代に、伸太郎は妹に対する想い以上のものを抱き始めていた。そして千代もまた、義兄のことを異性として意識し始めていた。
ある日のこと。平太郎とマツの元に一通の電報が届いた。
田舎の叔父が、氾濫した川の濁流に飲まれて行方不明だという。長雨続きで水嵩の増した川を渡ろうとして、足を滑らせたらしいのだ。残念だが叔父が生きて戻ることはないだろうと、夫婦はそんな言葉を交わしながら、葬式の支度をして田舎へと発った。
夫婦が留守の間、千代と伸太郎の二人は店を任された。
質屋の客は日和見的なところがある。初日は客足が少なく、何事もなく無事に店をしまうことができた。
「今日は一日お疲れ様でした、伸太郎兄さん」
お茶を用意しながら、千代は義兄を労るように声をかける。
「ああ、千代もよく手伝ってくれた。ありがとう、助かったよ」
伸太郎はそう言い、千代が持ってきたお茶を取ろうと手を伸ばした。一瞬、互いの指先が軽く触れ合い……二人の間に電流にも似た何かが流れる。
「す…すみません、伸太郎兄さん」
慌てて千代が先に指を離した。
「……ああ、悪い、千代」
二人はその瞬間、言葉では表せない何かを感じた。
と、同時に伸太郎の頭の隅をよぎったのは、これは両親に仕組まれた一夜ではないかという疑問だった。
田舎のほうでは今も残っているだろうし、もちろん伸太郎も十五、六の頃にこういう経験をしたことがある。これはと思う娘を両親が連れてきて、二人きりで一夜を過ごさせるのだ。その間に何かあったとしても、互いの両親が了承済みの元、話は進められているのだから、何も問題はない。
伸太郎が筆下ろしをした時の娘はひとつ年上の幼馴染みだった。未通娘だったが、年上の意地とばかりに伸太郎のためその体を捧げてくれた。それから一、二年のうちに流行り病であっさり亡くなってしまったが、伸太郎は彼女のことを少なからず愛していた。
「どうかなさったの、伸太郎兄さん」
可愛らしく小首を傾げて千代が伸太郎の顔を覗き込んでくる。
「お疲でしたら、早く休まれたほうが……」
伸太郎はお茶を一息にぐっと飲み干した。
兄と妹が間違いをおかしてはならない。しかし両親の意向はどうなのだろう。
母のマツは、千代を溺愛している。亡くなった実の娘に対して以上の情を抱いているのではないだろうかと思う時があるほどだ。
両親が、全てを伸太郎に預けて行ったのだ。
別に今夜、千代を抱いたとしても悪いことはあるまい。
空になった湯飲みを手元に置くと、すぐに千代が湯飲みを下げようと手を伸ばしてくる。その華奢な腕がしりと掴み、伸太郎は自らの胸の内へと千代を引き寄せた。
「伸太郎兄さん──」
千代の言葉を伸太郎は、唇で塞ぎ止めた。
堰を切ったように激しい伸太郎の唇に対し、千代は臆病でおどおどとしていた。平太郎夫婦に対する後ろめたさと、裏切りの苦い味。そして、ほのかな幸福感。
二人は何度も何度も口付けを繰り返した。
そのうちに伸太郎の舌が、千代の唇を割って口の中へと侵入してきた。
「…あぁ……」
千代は溜め息と共に伸太郎の侵入を許し、おずおずと自分の舌で迎えた。
少し前から千代は、心の奥底で伸太郎にこうされることを望んでいた。彼の魅惑的な唇で優しく口を塞がれ、大きくて太いもので貫かれてみたいと思っていた。だが、千代の理性はいつもそれの気持ちを押しとどめようとしていた。義理とは言え自分たちは兄と妹で、平太郎夫婦から受けたこれまでの恩を、仇で返すようなことはしたくはなかった。
伸太郎は千代に口付けを繰り返しながら、尻へと手を回した。千代はいつのまにか伸太郎の首にしがみつき、自分から義兄の唇を貪っていた。伸太郎の手がスカートの裾をたくし上げ、その下の下着に手がかかる。
その瞬間、千代の忘れかけていた記憶が蘇ってきた──
(H14.3.22)
(H25.7.7改稿)
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