<ジェナの章>

  意識は唐突に始まっている。
  目が覚めるとジェナは、そこにいた。
  存在していた。
  何も解らない。
  何も、知らない。
  白紙の状態のジェナを導いたのは、頭の中のもう一人の自分。スージィという名の、女の記憶。
  ジェナは周囲の人間の様子を見ながら、スージィと言葉を交わした。
  秘密の友達、内緒の存在。
  スージィは、ジェナがスージィの心から産まれたのだと言った。
  ジェナは信じられなかった。
  まさか自分が、人間ではない、だなんて……。
  鏡に映るジェナは、間違いなく人間の姿をしている。こげ茶の髪に、オレンジ色の猫の瞳。白い肌。少し表情の変化に乏しいかもしれないが、それでも、どこから見ても人間と何ら変わることはない。
  それなのに何故、スージィはジェナのことを人間ではないと言うのだろうか。
『だって、あなたはニンギョウ……セクメロイドなんだもの』
  頭の中で、スージィの声がする。
  ジェナは小さく嫌々をして、スージィの声を振り払おうとする。
  気持ち悪かった。
  頭の中で、声がするなんて。
  だけど……スージィの言葉を確かめてみたいと、ジェナは心の奥底で思っていた。
  自分が何者なのか、探ってみたい。
  誰かの目から見た自分ではなくて、自分自身の目で見た自分を、感じてみたい。
  スージィの声に導かれ、ジェナは自分が生活していた場所から逃げ出したのだった。



「磁気嵐の谷に行きたいの」
  ジェナは、スージィに教えられた通りの言葉を口にした。
  ランドローヴァの運転手はあからさまに嫌そうな顔をしたが、谷近くの駐屯地までなら乗せてやらないこともない、と答えた。
「いいわ、乗せて」
  ジェナが頷くと、運転手は助手席のドアを開け、彼女を隣に座らせた。
「俺ぁ、駐屯地に用があるんでな、そこから先は別の奴に頼んでくれ」
  それで充分だった。
  ジェナの頭の中にいるスージィは、駐屯地に行くことを望んでいたのだから。
  五時間程かけて、ランドローヴァは駐屯地に辿り着いた。運転手とは駐屯地のゲートを潜ったところで別れ、ジェナは裏口のバラック小屋へと向かった。スージィがそこへ行くようにと、頭の中で囁きかけたからだ。
「ちょっとあんた、どこに行くの?」
  不意に肩を掴まれ、ジェナはびくりと身を震わせた。
  緑色に髪を染めた女が立っていて、ジェナの肩を掴んでいる。
『…ミリィだわ。あたしの……スゥの知り合いだって言うのよ』
  頭の中で声がして、ジェナはその通り喋っていた。
「わたしは、ジェナ。スゥに頼まれてここに来たの。ミリィって人を探してるんだけど……」
  スージィの名が出たことで安心したのか、ミリィはすぐに親しげな笑みを浮かべ、ジェナの手を取って彼女の小屋へ連れて行った。
「……それがね、何だかおかしいのよ」
  小屋の中で、何かに怯えるようにミリィは言った。
「おかしいって?」
「スゥはね、殺人罪で独房に入れられていたの。あの娘がリッツって名前の兵士を殺したって言うのよ、ここの連中は。だけどね、考えてもごらんよ。女のあたしたちに、自分よりも体格のいい男を殺すことができると思う?  ただ殺すだけじゃないんだよ。潰れたハンバーグみたいにぐちゃぐちゃにしてしまうような酷い殺し方なんだよ。そんなこと、あの娘にできると思う?」
  ジェナには、返す言葉が見つからなかった。
  どう返せばいいのか、ジェナには解らなかったのだ。
「いいわ、それよりこっちへ来て。スゥの恋人を紹介してあげる。彼ったら可哀想に、検査官がスゥを軍の上層部に引き渡したって耳にしてからすっかり落ち込んでて……それであんたは、いったいどうやってスゥと接触することができたの?」
  ミリィの問いかけには、スージィがほとんど全部の答えを用意してくれた。
「わたしは、軍事施設にいたの。白衣を着た人たちにモルモットとして扱われていたわ」
  ジェナの口を借りて、スージィが話し始めた。
「スゥは、新たな実験用にとわたしのいる施設に連れてこられたの。新しい実験は、旧タイプのセクメロイドに関する実験だった。知ってるかしら、Jタイプって?」
  ジェナはそう言うと、ミリィの目をじっと見た。
「Jタイプって……だって、あれは禁止されているじゃないの。人々が宇宙へ移住を始めるよりもずっと昔に禁じられた、って……」
「そうよ。だから余計に、人々はJタイプのニンギョウに憧れを抱くようになった。過去に素晴らしい成果を残しておきながら製造を禁止されてしまったJタイプを、復元したいと思う人間が現れても不思議はないと思わない?」
  ジェナの言葉に、ミリィは背筋がぞくりとなるのを感じた。
  Jタイプのセクメロイドが製造禁止になったのは、一つには、人間をベースにアンドロイドを仕立て上げるため、受精卵の段階から厳しい実験と選別とが繰り返されることが理由としてあげられている。内面的に成長するアンドロイドとしてだけでなく、乳幼児から子供へ、子供から大人へと成長するアンドロイドとして一部の好事家たちに売買されていた。様々なタイプのセクメロイドが普及する中で、セクメロイドの保護団体が出来、人間を奴隷扱いしているのと変わらないと、Jタイプの製造禁止運動が始まった。こうして、Jタイプは製造禁止、及び復元禁止となったのだ。
「だって、まさか……」
  ミリィの口からは、意味のない言葉しか出てこない。
  ジェナは、Jタイプの復元の実験のために、スージィが施設へ連れてこられたと言った。
  と言うことは、だ。
  スージィは……
「それでスゥは、どうなったの?」
  恐々とミリィが尋ねると、ジェナは透き通るようなオレンジの瞳で彼女を見つめ返して、言った。
「スゥは、Jタイプの復元実験の被験体として…──」
  ジェナが喋り始めた刹那、小屋の入口でがたん、と音がした。
  二人が振り返ると、恐ろしい表情をした男が立ち尽くしていた。オーヴリィだ。
「……オーヴリィ!」
  ジェナの頭の中にいるスージィが、驚きの声をあげた。
  大雑把な自己紹介を済ませると、ジェナはもう一度、初めからスージィの話を語り始めた。オーヴリィはようやく、スージィが決して口にしなかった話をジェナから全て聞き出すことができた。
  ジェナの口を借りて喋るスージィも、生きていた時の枷のようなものが外れたのか、澱みなく真実を語ることができた。
「……その、赤い髪の男というのに、心当たりがある」
  全部の話を聞き終えたオーヴリィは、ぽつりと言った。
「本当?」
  一緒に話を聞いていたミリィが声を弾ませる。
「ああ、多分……」
  躊躇うかのように、オーヴリィは重々しく口を開いた。
「多分その赤毛の男ってのは、俺の相棒だよ」
  赤毛の男は駐屯地内に何十人といたが、同じぐらいの体格の男を片手で掴み上げ、易々と手足を引き千切ることができるのはセクメロイドぐらいのものだろう。
  恋人のスゥの身に降りかかったことを考えるとオーヴリィは、相棒のセクメロイドを許すことができなかった。
  だが、復讐をするにしても、どうやって?
  相手はセクメロイドで、人間ではない。セクメロイドには人間を傷付ける能力は備わっていないはずだが、ごく稀に、人間と同じように自分以外のものを傷付ける能力を持つものがいた。そういったセクメロイドは捕獲後、不良品として工場で廃棄されるか、脳のデータチップを交換するかどちらかの処置を施されていた。
  例のニンギョウを捕獲することができれば後はすんなりといくだろうが、そこに至るまでが問題だった。軍の上層部はおそらく、トライヘッド用のニンギョウに問題があると知ればいい顔をしないだろう。そうでなければ、スージィが口を封じられるはずがなかった。
「どうすればいいんだ?  いったい、どうすれば……」
  オーヴリィの呟きに、ジェナが応えた。
「わたしがいるわ、オーヴリィ。
  わたしはスゥの力を借りて、ここまで来たの。彼女の汚名を晴らすために、あなたのいるこの駐屯地にやって来たのよ」



  トライヘッドの演習場は、屋内に二個所と屋外に設置されている。
  オーヴリィはジェナと共に屋内の演習場にいた。
  二人は実弾の用意に忙しかった。オーヴリィは、模擬戦闘の時に実弾を使用してニンギョウを壊すつもりでいた。
「ユニットに乗り込む時には、わたしも一緒に乗せてちょうだい」
  突然、ジェナが言った。
「きっとあなたの力になる。約束するわ」
  オーヴリィはしばらく考え込んでいたが、やがて口を開けると、
「駄目だ。俺は、女をユニットには乗せない主義なんでね」
  首を横に振って言った。
「……あら、それなら心配ないわよ。だってわたし、ニンギョウなんだもの。女じゃないから、乗せてくれるわよね?」
  ジェナのオレンジの瞳が悪戯っぽくオーヴリィを見つめる。その瞳にオーヴリィは、スージィの面影を重ねていた。スージィもこんな眼差しをしては、オーヴリィをよく困らせていた。
「──勝手にしろ」
  オーヴリィはジェナに背を向けて、言い捨てた。彼女がニンギョウだと知っても、驚きはしなかった。それよりも、オレンジの瞳に見つめられ、彼の心臓はどきどきしていた。まるで、十代の頃の初な少年に戻ってしまったかのようだ。
  しばらくの間、二人とも黙って作業を進めた。スタッフが来る前にと、ジェナはオーヴリィ機のコクピットに潜り込み、時を待つことにした。オーヴリィは自機の点検に余念がない。いつもより丹念に、時間をかけて一つ一つチェックしていく。
  今日であのニンギョウ野郎とお別れかと思うと、オーヴリィはすっと胸のすく思いがした。
  オーヴリィは、ニンギョウに嫉妬をしていた。
  オーヴリィよりスピードも、力も、集中力もついてきたニンギョウが、彼は憎くて憎くてたまらなかった。そして直接ではないにしろ、あのニンギョウが恋人を殺したのかと思うと許せなかった。
  絶対にスクラップにしてやる──オーヴリィは、心の中でこっそりと誓った。



  スタッフたちが次々とやってくるのを尻目に、オーヴリィは黙々とユニットの整備を続けいた。
  ニンギョウは、一番最後にやってきた。
  がっしりとした体格。火星人かと見紛うばかりの赤い髪。愛想よくスタッフに挨拶をしながら彼は、オーヴリィのほうへと近付いてくる。
「オーヴリィ、そろそろ始めるか?」
  片手を挙げて別のスタッフに挨拶をしながら、ニンギョウは言った。
「ああ、そうだな。始めるか」
  オーヴリィはいつものように面倒臭そうに、立ち上がる。ニンギョウは嫌いだと言わんばかりの冷たい態度で、ゆっくりと彼はユニットのコクピットに身体を押し込んだ。
  ほとんどすべてがスイッチ一つで進められていく。エンジンの始動も、ボタンを押せば数十秒後には完了している。
  後部の副座席についたジェナは、おとなしくオーヴリィの手つきを眺めていた。
『普段の彼からは想像できないわね』
  ジェナの頭の中で、スージィが呟いた。
『彼、普段の数十倍は格好いいわよ』
  ジェナはじっとオーヴリィを見つめている。がっしりとした大きな手。幅の広い肩。彼がジェナの側に近付くと、微かにニコチンのにおいがした。
「……スージィが好きだったの?」
  唐突にジェナが尋ねた。
「ああ、好きだったよ」
  スイッチをパチパチと指ではねながら、オーヴリィ。
「今でも好き?」
「──多分ね」
  ぶっきらぼうに答えると、オーヴリィはくるりとジェナのほうを向いた。
「戦闘中に余計なことを喋るなよ」
  これ以上は、喋らせるな──そう、オーヴリィの瞳は言っていた。
「ごめんなさい」
  ジェナの中に残るスージィが気を利かせて、素早く答えていた。
  防護壁に守られた演習場の向こう側で、スタッフが準備完了の合図を送っているのが見える。オーヴリィが通信スイッチをONにすると、両ユニットの準備が整ったので、次の合図で戦闘を開始するとのことだった。
「了解。こっちはいつでもOKだ」
  オーヴリィは返した。それから彼は通信スイッチを完全に切ってしまった。それは、スタッフと交信する意志のないことを示していた。
  オーヴリィの肩越しだったが、ジェナの目にもスタッフの二度目の合図が見えた。
  がくん、と激しい震動と共にユニットが動きだす。
  最初は相手の出方を見ているのか、どちらも動きがぎこちない。
  オーヴリィの真似をしているのだと、ジェナはすぐに気付いた。
  あの赤毛のニンギョウは、オーヴリィの動きをコピーして、強くなったのだ。彼を真似ることでニンギョウは成長した。と、同時に、本来備わっていたニンギョウの力がそこに加わり、オリジナルであるオーヴリィの力を超えてしまったのだろう。
  オーヴリィには、あのニンギョウを倒すことはできない…──ジェナはぽつりと、口の中で呟いた。
  模擬戦闘の最中、何度か実弾を放つチャンスが訪れた。
  しかしオーヴリィは結局、ニンギョウに実弾を命中させることはできなかった。
  ジェナが、オーヴリィを阻止したのだ。
  ニンギョウのほうが力が上回ってしまった今、オーヴリィにニンギョウを倒すことはできない。実弾を使うということは、軍のトライヘッド計画を否定することにもつながってしまう。ジェナはオーヴリィを思い留まらせようと、戦闘の間中、必死になって喋り続けた。
「──…まったく、なんてニンギョウなんだ、お前は」
  殺気にも似た怒気を放ちながら、オーヴリィはユニットを後にした。
  最近、模擬戦闘に負けたオーヴリィが義責を放棄して昼間から飲んだくれているのは当たり前になってしまっていた。今日もその口だろうと、演習場を出ていくオーヴリィの背後で、スタッフたちは囁き合っている。
  後に残されたジェナはぼんやりと考えていた。
  どうすれば、あの赤毛のニンギョウを倒すことができるのだろうか、と。
  もしもスージィの言ったことが本当なら、人間を傷付けるセクメロイドは廃棄処分にされなければならない。しかし軍部がそれを隠しているとすれば、事はややこしくなる。オーヴリィが直接、上層部にかけあうことができたとしても、逆に彼の命が危うくなるはずだ。
  では、どうすればいいのだろう?
  どうすれば、何もかもがうまく収まるのだろうか。
『──あなたが、止めるのよ』
  頭の中で、スージィが言った。
「わたし……が?」
  と、ジェナ。
『ええ、そう。
  あなたが、あの赤毛のニンギョウを止めるの』
   スージィは躊躇うことなく言った。
『あなたが赤毛のニンギョウに危害を加えたとしても、すぐにはあたしとの接点に気付きはしないでしょうよ。いいえ、もしかしたら、誰も気付かずに終わるかもしれないわね。単なるニンギョウの暴走で片付くかもしれないわ。あなただから、できることなのよ』
  スージィは、縋るように言った。
  もしかしたらスージィは、彼を…オーヴリィを助けたい一身で、ジェナの中に存在しているのかもしれない。
  ジェナは自分の胸に手を当て、言った。
「解ったわ、スージィ。やってみる」



  ジェナは、ユニットの操縦席に腰を下ろした。
  計器類の見方はよく分からなかったが、操縦席に座ると、自然とどうすればいいのかが分かった。
「パワー、ON」
  自分とスージィとに言い聞かせるように、ジェナは呟く。
  スイッチをONにすると、計器類が動き始めた。
「エンジン、始動」
  続いて、ジェナはエンジンを始動させた。
  あちこちのランプが点滅し、微かな震動がユニットを包み込む。
「ブラスト銃のエネルギー、充填開始」
  ジェナがユニットを動かすと、まだ演習場に残っていたスタッフたちが慌てふためいて避難し始めた。
  通信機がけたたましい音で鳴り響き、警告を発している。
「誰だか知らんが、すぐさまユニットから出てこい。でなければ、警告無視で攻撃するぞ!」   スタッフの一人が通信機を通して叫んでいる。ジェナは警告を無視して、ユニットをさらに動かした。
  目の端で、赤毛のニンギョウがもう一機のユニットに乗り込むのが見えた。
「スージィ、衝撃があるかもしれないけど、堪えてね」
  ジェナはユニットを操り、ブラスト銃を発射する。
  数秒置いて、青白い光と強い衝撃が辺りを包み込んだ。
『……やったの?』
  と、スージィ。
「いいえ、まだよ」
  ジェナは乱暴にユニットを旋回させ、相手からの砲弾に備えた。幸い弾は逸れたが、衝撃波に巻き込まれ、身体のあちこちを計器類や内壁にぶつけてしまった。
「……向こうもユニットに乗った…──」
  ぽつりとジェナが言い、スージィの意識を完全に遮断してしまった。
  ジェナは、さらにスピードを上げて相手方のユニットを翻弄した。相手方のほうがユニットの操縦には長けているはずだったが、ジェナの動きについていくことが難しいのか、一個所に留まって銃を乱射しだした。
  飛んでくるブラスト銃の青白いエネルギーを避けながら、ジェナはユニットを自由自在に動かした。
  一発、二発……ジェナが続けざまに二度、銃弾を放つと、まず、相手ユニットの右膝ががくんと崩れ折れた。それから左肩のあたりで閃光が走り、チューブ管や補強材と一緒に腕がずるりと下に落ちた。
「逃げろ、71!」
  通信機から、スタッフの声が聞こえてくる。あの赤毛のニンギョウは、71という名だったのか……ジェナは通信機のスイッチを会話可能にし、ボリュームを最大にした。
「──リッツ殺害犯を庇う、愚かな人間たちよ」
  冷たい、機械的な声がジェナの喉から押し出され、通信機を通してその場に居合わせた人々の耳に届いた。
「ナンバー71は、リッツを殺した。それなのにお前たちは71を廃棄処理にするどころか、現場を目撃した女に罪を着せ、逆に口封じをした。誰がこれを裁くのか……?」
  ジェナの乗ったユニットはゆっくりと、負傷したユニットに近付いていく。
  71はユニットを動かそうとしたが、無駄だった。ユニットの回路はすでに先程の銃弾で壊れてしまっており、手動に切り替えることができたとしても、71には手動での実戦経験がなかった。
  ジェナは71の乗るコクピットめがけて、ブラスト銃を撃ち込んだ。



  ブラスト銃が心地よい衝撃と共に青白い光を発した瞬間、ジェナは、頭の中にいるスージィの存在が薄れていくことに気付いた。
「スージィ……スゥ、どこへ……?」
『あなたには解らないところへ行くのよ』
  スージィは答えた。
『いつまでもあたしがあなたの中にいては、あなたが駄目になってしまう。あたしは行くわ、どこか知らないところへ。あなたも、オーヴリィも、誰もいない別のところへ』
「何故、行ってしまうの?」
  引き止めようとしてジェナは尋ねたが、スージィはそれには答えなかった。
『オーヴリィに言って。ありがとう、と。彼がいたからあたしは、死ぬ前に楽しい日々を過ごすことができたの。彼がいたから、あたしは……──』
  スージィの存在は、不意に消滅した。
  ジェナはコクピットから出ると、71の残骸を探すため、下に降りた。
  まだ熱い鉄屑の山に登ると、71が乗っていたユニットのコクピットのあたりを調べだす。見付けたハッチを片手で引き千切り、ジェナは中を漁った。
「……あった!」
  シュウシュウと音をたてて、71はコクピットの中に転がっていた。
  白煙を身体のあちこちから立ち上らせている71は、二度と動くことはないだろう。
  ジェナは念の為に71の後頭部からデータチップを取り出し、握り潰した。
  これで71は完全に、再生できなくなった。
  恐れおののくスタッフたちを尻目にジェナは、スージィの小屋へと歩き始めていた。



「お前……本当にお前が、やったのか?」
  オーヴリィは半信半疑の表情で、ジェナに尋ね返した。
「ええ、そう。わたしがやったのよ」
  自慢げな彼女の表情は、オーヴリィにスージィの横顔を思い出させた。
  71の壊れたデータチップを掌に乗せたオーヴリィは、角度を変えてチップを眺めた。
「早くここを出ないと、捕まるかもね」
  悠々とした態度で、ジェナ。
  オーヴリィはチップを胸のポケットにしまいこむと、手早く身の回りの荷物をまとめた。
「どこへ逃げればいいんだ?」
「中央がいいわ」
  オーヴリィの問いに、ジェナはすらすらと答える。
「それか、旧アフリカのあたりにでも」
「どっちも不安定なところだな」
  しかめ面を作ってオーヴリィは溜め息をついたが、確かに逃げるのならば、そのあたりしかなさそうだった。
  今のところ、中央大陸にまでは戦火も飛び火していなかったし、旧アフリカとなると急速的に砂漠化が進んでおり、そこから逃げ出す人間のほうが多いほどだった。
「お前、車の運転は?」
「運転したことないから解らないわ」
  二人は、言葉を交わしながら駐屯地の裏口へと急ぐ。裏口には常に、数台のエア・カーが停めてあった。こっそりと駐屯地を抜け出して都心部で遊ぼうとする兵士たちが、隠しているのだ。その中にオーヴリィのエア・カーもあった。
  オーヴリィとジェナはエア・カーのドアを開け、乗り込んだ。
  その頃になってようやく駐屯地の敷地内に警報が鳴り響いた。
「やれやれ。急いで門を突破しなきゃならないぞ」
  エア・カーがふわりと宙に浮き、オーヴリィの呟きは後方へと流れていく。
  二人はしばらく、黙ったままだった。
  何も喋る気にならなかった。
「──お前、死神って見たことあるか?」
  不意に、オーヴリィが言った。
  ジェナは黙って首を横に振っただけだった。



  そうしてジェナは、オーヴリィと一緒に旅を続けている。
  自分が何者なのかを、知るために。
  一つだけジェナにも解っていることがあった。
  ジェナは、スージィではないということだ。
  ジェナはスージィに導いてもらい、外の世界を知った。初めはスージィを真似ていた。しかしそのうちに、スージィを真似ることはジェナではなくなるということだと気付き、やめてしまった。
  今のジェナは、ジェナ自身だ。
  何の混じり気もない、100%ジェナでできている、ジェナ。
  自分が何者なのかを知るために、ジェナは終わりのない旅を続ける。
  自分自身を、知るために。
  オーヴリィと二人で、見たことのない世界を旅して回るのだ。



END
(H12.7.31)
(H24.12.15改稿)


オーヴリィ・スタッドの章>   <スージィ・ファムの章>   <ジェナの章>

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