その日、家に大きな荷物が届けられた。
このところ、オヤジもオフクロも泊り込みの勤務が続いている。もしかしたら親たちの洗濯物が届いたのかもしれないと、内心ビクビクしながらオレは荷物をあける。
厳重に梱包された箱の中から出てきたのは、オレと同じぐらいの歳のヤロー。
日本人離れした色白の肌に、赤茶の髪──さらさらとした女のような髪だ。
身体を丸めて赤ん坊のように両手をぎゅっと握り締めて眠っているのをよく見ると、片手に冊子のようなものを持っていた。
いったい何だって、こんなモンが家に届けられたんだろうかと思っていると、いきなりそいつが目を開けた。
「ぁ……」
不思議そうにオレを見る目は、薄茶。
驚いたような、それでいてどこかほっとしたような、微妙な眼差しをしている。
「お前、なんで箱の中に入ってたんだよ」
オレが尋ねると、そいつは立ち上がってオレのほうへと近寄ってきた。
「……僕は、オーダー・メイド社が誇るアンドロイドで、VB−16型の由維です」
そいつの言葉にオレは、ぼーっとなってしまった。確かに、オーダー・メイド社は両親の勤め先だが……それにしてもなんで、アンドロイドが?
オレが呆然と立ち尽くしていると、由維は問いかけるように軽く首を傾げ、言った。
「上木博士からここに来るようにと指示されました。真佐江博士は僕に、ここであなたの身の回りのお世話をするようにと……」
言いながら由維は、手に持っていた冊子をオレにぐいぐいと押し付けてくる。
「僕の……VB−16の、使用説明書です。目を通しておいてください」
由維が言い、オレは無言でそれを受け取るしか他なかった。
真佐江博士は間違いなくオレのオフクロだ。あの女なら、自分の研究の実験に息子のオレを利用することぐらい平気でやりかねなかった。
オーダー・メイド社のアンドロイドは、世間でも有名だ。
人間のように感情を表現し、それでいて人間に従順なアンドロイド。アンドロイドを生産している会社はいくつかあったけれど、その中でもオーダー・メイド社は群を抜いて有名だった。
何故ってオーダー・メイド社はもともと、性交時の矯正器具や補助具の販売会社だったからだ。
だから、扱っているアンドロイドのほとんどにセックスマシンとしての機能が標準装備されている。この機能は、どこの会社よりも水準が高いという噂だ。人間と同じようにイくってんで、乱交パーティで使われたり、結婚は望まないが快楽は必要とする男女がアンドロイドとの共同生活を始めるって話も少なくはない。
なのになんで、オレにアンドロイド……?
まあ、身の回りの世話って言ってたから、別にいいか。
家の中のことするのも面倒だし、そろそろ洗い物も溜まってきたことだし。
……なんてことを考えていると、由維が洗濯物を抱えて部屋の中を慌しく横切っていく。
「おい、物干し場は屋上。それから、三階の奥の部屋には入るな。オレの部屋だ」
オレの言葉に、由維は思い出したように立ち止まった。
「あの……あなたのことは、何とお呼びしたらいいでしょう?」
堅苦しい尋ね方に、オレは一瞬、むせこみそうになってしまう。
「オレは、上木和。和でいいぜ」
「わかりました、和」
由維が返すのに、オレは妙なズレを感じた。なんかトチ狂ってしまいそうな受け答えをするんだよな、こいつって。
「それから」
と、オレは、洗濯物を抱えたままの由維に言い足した。
「その喋り方もやめだ、やめ。ダチみたいな喋り方ってできないのか、お前」
由維は少し間を取って、答えた。
「できるよ、和」
「よし、じゃあ、ずっとその喋り方でいろよ」
昼の間、由維は家の中を片付けるのにおおわらわだった。
洗濯の合間に流しに溜まった汚れた食器を片付け、それから部屋の掃除。たまの休みにオフクロが家の中を片付けるぐらいで、普段はほとんど掃除なんてしたことがない。オヤジはずっと仕事で家に帰ってこないし、オレだって、わざわざ家の中を片付けるなんて面倒なことをするぐらいなら、このまま放ったらかしの汚いままにしておくほうだし。
だから家の中は荒れ放題。
ま、男一人の生活ってのはだいたいこんなもんだろう?
久々にまともな晩飯にありつくことのできたオレは、早々にベッドに入る。
腹が膨れると眠たくなるってのは、人間的な証拠だよな──なんて思いながらうとうととしていると、ノックの音が響いた。
「何だ?」
ベッドの中から声をかけると、由維の小さな声が返ってきた。
「ねえ、和……僕は、どこで眠ればいい?」
ああ……。
由維に言われるまで気付かなかったけれど、そう言えばオレ、由維がどこで眠るのか、なんてこれっぽっちも考えていなかった。
「えーと……」
しばらく考えたけれど、なかなかいい案が浮かんでこない。
オヤジたちの部屋……は、やっぱマズイだろうし。
居間にはソファがあるけれど、由維はソファで黙って寝てくれるだろうか。
あれこれ考えているうちに由維は、するりとベッドの中にもぐり込んできた。
「ここで眠っても、いい?」
少しだけ考えて……その言葉の意味を深く考えもせずにオレは、いい加減に頷いていた。
「ああ? 別にいいけど、あんまりくっつくなよ」
夢の中。
官能的な声が聞こえてくる。
この声は……ああ、そうだ。由維だ。あいつの声に違いない。
「あっ、ああ……和……和、和、和……!」
狂おしいほどにオレを求める、由維の声。
そして。
夢だというのにやけにリアルな、オレをまさぐる手。
「和……もっと……もっと、ちょうだい……」
由維の声は、オレの足元から聞こえてくる。
ちきしょう、なんて夢なんだ、まったく。
そう思ってふっと目を開けると……オレの股間に舌を這わせる由維の姿が、あった。
「由維……何やってんだよ、お前……!」
由維から身を引き離そうとした瞬間、パクリ、と由維の口がオレを咥える。
「お……おい、やめろよ、由維!」
慌てて腰を後ろへずらすと、由維の口はさらに執拗にオレを追いかけてきた。非人間的な生暖かい舌が、オレのペニスを舐め上げ、むしゃぶり続ける。
「由維……っ…はぁっ……──」
こらえきれなくなって、不意に予期しなかった声が洩れる。
オレは、感じていた。
こんな、作り物の……アンドロイドの愛撫を、こんなにも感じてしまうなんて、なんてこった。
後ろ手に手をついた姿勢のまま、オレはしばらくそうやって由維の愛撫を受け入れていた。
由維の愛撫は羽毛のようにソフトで、滑らかだった。決して人間的ではないはずの舌や指先のあまりにも人間的な感触に、オレは震えが止まらなくなっていく。とめどなく溢れ出る溜息と、股間の淫らな音に、身体の芯がじわじわと痺れていく。
このまま、どうにかなってしまいそうな感じだ。
「和……和、入れてもいい?」
尋ねかける由維の口元には、たらりと光るオレの先走りの液。
「えっ……だめだめだめだめ……絶対だめだ!」
いくら気持ちがよくても、アンドロイドに犯られるなんてのはごめんだ。
オレはきっぱりと拒否した。逆ならともかく、なんでオレが、犯られなきゃならない?
「そう……」
由維は伏目がちに目を逸らして、一瞬の逡巡の後、オレの上に馬乗りになった。
「あ、おい、由維?」
足を大きく開いた由維は、オレのペニスに尻を押し付けてくる。ペニスの先に滲む先走りが、由維の尻の狭間でグチグチと湿った音を立てている。
「っあ……和……」
先端を尻の窄まりに押し付けた由維は、ゆっくりと腰を落としてくる。
ずぶずぶとオレは、由維の中に飲み込まれていく。辛そうな、それでいてどこかうっとりとした表情で由維は、オレを飲み込んでいく。すぐさま程よい弾力の内壁が四方八方から、きゅっ、とオレを締め付けてきた。
「──大丈夫か、由維」
女とヤる時よりもはるかに締まりのいい尻が、オレの上に乗っかっている。
自分が動き易いようにと身体を動かすと、由維はぎりりと背をしならせた。
「あっっ……やっ、和……まだ、動かないで」
言いながらも感じているのか、由維の尻はきゅっ、きゅっ、とオレを締め付けてくる。
オレは恐る恐る手を伸ばし、可愛らしく立ち上がっている由維のペニスに指を絡めた。
「っぅはっ……ぁん、んっ……」
指の腹で先端をしごいてやると、鼻にかかった可愛らしい声をあげる、由維。
「感じるのか、お前」
言いながらオレは、由維のペニスの先端を軽く爪で引っかいた。尿道へと通じる小さな穴のあたりに爪を立て、そこから亀頭を縦に割り裂くように。
「やあぁっ……くっ…ぅくっ……」
声をあげながらも由維は、腰をゆっくりと揺すり始めていた。自分が感じるように、腰の位置を少しずつずらしてはオレに揺さぶりをかけてくる。
「……由維……由維、お前も感じてるのか? なぁ、そうなんだろ?」
尋ねたが、返事はなかった。
由維は夢中になって腰を動かしている。
喰われる──と、オレは思った。
アンドロイドなんて、と馬鹿にしていたはずなのに、オレは少しずつ、由維の虜になりつつある。
腰を突き上げた瞬間の甘い喘ぎや、きゅっと締まる穴は、オレを頭の芯から痺れさせる。
男との……それもアンドロイドとのセックスなんて、非人間的で気持ちよくも何ともないだろうと小馬鹿にしていたこのオレが、だ。
「由維……もっと声、出せよ」
イきそうになるのをぐっと堪えて、オレは言う。
由維はさっと頬を朱に染めて、首を横に振る。アンドロイドに羞恥心というものがあるのかどうかは解らない。おそらく、そんなものはないだろう。だけどそれでも、一つ一つの細やかな人間的な動作がオレの心の奥にある欲望らしきものをそそった。
「いいから聞かせろよ、由維」
オレが言うと、由維は恥ずかしそうに、俯き加減に目を伏せる。オレが最後の一手を加えてやると、ようやく、艶やかな声が堰を切ったように溢れ出す。
その伏し目がちの眼差しも、恥ずかしそうな朱色の頬も、何もかもが淫らで、猥褻なものに見える。
「……出していいか、中に」
由維の腰をむんずと固定して、オレは尋ねた。
これ以上は堪えられないほどの締め付けに、オレは今にも音を上げてしまいそうだ。
こんなアンドロイドごときにイかされるのは少々心外だが、気持ちいいのだから仕方がない。鷲掴みにした由維の華奢な腰を乱暴に前後させると、オレはラストスパートをかけた。
「あっ…ん……出して……全部……全部、出して……」
悲鳴のようなか細い、しかしはっきり聞き取れる程度の声で、由維は言った。
自分で自分のペニスを扱く由維の姿は、艶めかしい。指先にしたたり溢れる擬似体液は、透明なさらさらとした液だ。オレはその疑似体液を指で掬い取り、ペロリと舐めてみた。人間の精液のようなべたつきは少なく、においもほとんどない。味はしょっぱく、スポーツドリンクのような感じがしないでもなかった。
「和……和、和……っくぅ……んっ、ん……はぁっ」
まるで快楽の淵に堕とし込もうとするかのように、由維はオレを締め上げてくる。息が乱れ、オレは自分のことしか見えなくなっていく。
快楽を追う、獣のように。
「うぅっ……んっ……」
由維の喘ぎが、耳に入る。
「──由維!」
オレは、小さく叫ぶと同時に果てていた。
身体中の力という力がすべて凝縮され、由維の中へと勢いよく放出される。
ビクリ、と由維が身体を震わせた。オレの出したものをすべて飲み込もうとするかのように、由維は、尚も締め付けてくる。
「ぁ……」
オレは最後の足掻きとばかり、由維の腰をがしがしと揺さぶった。
「やっ………いやっ……溢れちゃうっ……!」
由維はそう言いながらも、腰をくねらせ、悦んだ。
ぐちゅぐちゅと湿った音が二人の接合部から響いてきて、オレはその音に充足感を感じた。
そうして。
オレたちは、共同生活を続けている。
時折、オヤジが帰ってきたりオフクロが帰ってきたりしたけれど、由維のことについて、オレには何も尋ねなかった。
由維は……こいつはオフクロの研究材料だから、定期的にメンテナンスやら何やらで研究所に行ったりしていたけれど、どういったことをされてきただとか喋らされてきただとかいうことは一言もオレに言わなかった。
オレたちは、互いに拘束しないよう自由に生活をしている。
それが、暗黙の了解。オレたちの間での、ルール。
だけどオレは知っている。
オレ自身が、もっと由維を独り占めにしたいと思い始めているということを。
オレの……オレだけのものに、したい。
オレだけの、アンドロイドに…──
そんなふうに独占欲を丸出しにするのは、おかしいだろうか?
由維は、オレのことをどう思っているのだろうか?
アンドロイドを相手に何を馬鹿なことをと自分でも思わないでもなったが、仕方がない。オレの気持ちは既に、由維に向かっているのだから。
今夜、由維が帰ってきたら訊いてみよう。オレのことをどう思っているのか、由維もオレと同じように、相手を独り占めにしたいと思わないのか。
オレが由維のことを好きだと言ったら、由維は、喜んでくれるだろうか?
END
(H14.1.30)
(H24.4.22改稿)
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