この気持ちをどうしようかと考えて、蒼は夜空を見上げた。
夏祭りの境内は人で賑わっていた。どこからこんなにたくさんの人が、と思わずにはいられないほど、あちこちからやってきた祭りの客でいっぱいだった。
境内の裏手の山にこっそりと入り込むと、蒼は溜息を吐いた。
こんなに人が出かけてきているとは思っていなかったから、つい、「祭りに行こう」と誘われた時に色好い返事をしてしまったことが悔やまれてならない。
蒼とヨシミツだけの秘密の場所、小さな洞窟に入った蒼は入り口近くにある大きな一枚岩にそっと腰を下ろした。洞窟のすぐ外に生い茂った木々の間からは、月が見えていた。すらりと細い、凶器の三日月だ。
「蒼、お待たせ」
声がした。
洞窟の入り口から声をかけたのは、ヨシミツだった。
がっしりとした体格に、艶のある低い声。右目のちょうど下のあたりにある傷跡は、何年か前に蒼を庇って作った勝利の傷だ。
「遅いー、ミッちゃん」
ぷう、と口を尖らせて蒼はふて腐れてみせる。
こうでもしなければ、早鐘のように鳴っている心臓のドキドキという音が響いてきてしまいそうだった。
「悪りぃ、悪りぃ。境内の入り口で依木たちに見つかっちゃってさ」
と、何でもないことのようにさらりと流すヨシミツは、大人びた笑みを口元に浮かべている。
「……それにしてもやっぱここ、サイコーだな。祭りの音はほとんど聞こえねぇし、誰も知らないし」 悪戯っぽく蒼のほうを流し見る目は、男の色香に溢れている。
格好いい──と、蒼はそんなふうに思ってしまう。
幼い頃からヨシミツは格好よかった。
ひ弱で小柄な蒼はガリガリに痩せていて、いつもガキ大将のヨシミツの後にへばりついていた。ヨシミツはと言うと、近所の子どもたちの中でもかなりの腕っ節を誇るごんたくれで、中学校に上がる頃には高校生と喧嘩をしていたほどだ。高校生になってからは少しは落ち着いたようだが、それでも、ごくたまに蒼の知らないどこかで喧嘩をしてくることがあったようだ。大学生になった今は……おそらく、そんなことはないと思うのだがが。
そんなヨシミツに、蒼はずっと憧れていた。
大人の男というのは、ヨシミツのような男のことをいうのだと、本気で思っていた。
その、憧れのヨシミツから「祭りに行こう」と誘われた。
嬉しくて舞い上がった蒼は、二つ返事で頷いた。絶対に行こうねと、わざわざ念押しまでしてしまったのだ。
四六時中、顔を合わせているというのに。
一枚岩の上に並んで腰を下ろした二人は、入り口を見る。
三日月だけが二人を見つめ返してくる。
「静かだね」
蒼が呟く。
ヨシミツは小さく頷き、躊躇いがちに口を開いた。
「俺さ……蒼のこと、好きだと思う」
とうとうきた!
この瞬間が。
蒼はぐっと息をつめると、ヨシミツのほうを見ないようにしてわざと背を向けた。ヨシミツの顔を見ていられない。
「この間は蒼が好きかどうかなんてわからない、って曖昧な答えしかできなかったけれど……やっぱ俺、蒼のこと好きなんだわ」
それぐらいわかってるだろ、と言外に含ませて、ヨシミツは背を向けた蒼の肩に手を置く。
肩に触れたヨシミツの指を中心として、蒼の身体に熱が駆けめぐる。ほんの一瞬の間に蒼の頬は赤く色づき、胸の鼓動がどくん、どくん、と鳴り響き出した。
「オレ……」
言葉を探しながら、蒼はもじもじと肩を揺らした。
もともと好きだと言ったのは、蒼のほうからだ。
それなのに、これしきのことで恥ずかしがるなんてと自分でも思うのだが、改めて「好き」かもしれないと言われると、照れてしまうのだ。
しばらく答えを返すのを焦らしてから蒼は、ヨシミツのほうへと向き直った。
「本当に?」
躊躇いがちに尋ね返すと、ヨシミツはにやりと笑って蒼の頭を拳骨で軽く小突いた。
「いちいち確認するなよ」
分かっている。そんなことは先刻承知だ。
それでも、確認したかった。
いや、確認せずにはいられなかった。
自分は男で、ヨシミツも男。同性同士の恋愛など、成立するとは思っていなかったのだ、蒼は。下手をすれば「ゼッコウ」。うまくいけば「いつまでも仲のいい幼馴染でいよう」という言葉が返ってくるものとばかり思っていたのだから。
「だって……」
言いかけたところを、ヨシミツのがっしりとした腕が蒼の華奢な身体を抱きしめた。
「ヨシミツ?」
ヨシミツは何も言わず、蒼の身体に回した腕に、ぎゅっと力を込めただけだった。
「苦しっ……ヨシミツ、苦しいってばっ……!」
遅まきながらこれは妙だと蒼がもぞもぞとし出すと、ヨシミツはぱっと両手を放した。急に自由になった蒼は、危うく岩の上から落ちそうになる。
「わっ……危なっ……」
みっともない格好でなんとか岩に捕まって、そろそろとヨシミツのほうを見ると……彼は、口の端ににやにやといやらしい笑みを浮かべてじっと蒼を見下ろしていた。
「……もうっ、何笑ってんだよ!」
ヨシミツはにやにやと笑いながらも手を貸してくれた。
岩の上で危ういバランスを保っている蒼の腕をぐい、と自分のほうへと引き寄せてくれたのだ。
力強いヨシミツの腕は、がっしりとして筋肉質だ。色白でひ弱な自分の腕とはてんで比べものにならないほど、男性的だ。
引き寄せられた時の反動で、思わず蒼はヨシミツの胸の中にもたれかかっていった。
ドクン、ドクン、とヨシミツの心臓は脈打っている。
汗ばんだシャツからは、ヨシミツのにおいがしていた。
「──なぁ、俺のこと、いつ頃から好きだったんだ?」
低い声で、ヨシミツは尋ねてくる。
蒼はヨシミツを突き飛ばして胸の中から逃げ出そうかどうしようかとしばらく考えてから、結局その姿勢のままでいることを選んだ。片手は自分の身体を支えるようにして岩の上、もう片方の手はヨシミツの肩に縋り付くような形でうまく納まった。
「……わかんない」
「なんだぁ、そりゃ?」
蒼の返答に、ヨシミツは気の抜けた声を返す。
しかし、解らないものは解らないのだ。
気が付いた時にはすでに、ヨシミツのことが好きだったのだから仕方がない。
蒼は唇をきゅっ、と噛み締めて、ヨシミツの顔を見上げた。ヨシミツも同じように自分の胸の中でおとなしくじっとしている蒼を見ていた。
目が合うと恥ずかしさが込み上げてきたが、それを押さえ込んで蒼は言った。
「多分……」
昔から好きだったよと言おうとしたところで蒼の視界がさっと狭まり、ヨシミツの顔が近付いてきた。素早く唇にあたたかなものが触れてきて、蒼はうっとりと目を閉じた。
「多分?」
唇と唇が触れるぐらいの距離のまま、ヨシミツが尋ねてくる。
「多分、生まれた時から、ずっと好き……っ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに再び、ヨシミツの唇が蒼の唇を塞いだ。
二人の唇は深く合わさり、ふと薄目を開けた蒼の目の端に、青くほっそりとした三日月が見えた。
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