日ごとにダジェの身体は変化を遂げていく。
体の中で密かに息づく幼い命の種子を抱え、ダジェの心は満たされていた。
とうとう、ダジェは『まことの女』になることができたのだ。
儚い希みを絶たれたカタレも、そしてあれほどまでに熱望していたシャイエにすらなることができなかった『まことの女』に、ダジェはなることができた。
まるで夢のようだった。
まさか自分が『まことの女』になることができるなど、考えもしなかった。
もちろん、リムシーとの関係で初めて男の味を知ってからのダジェは、心の底から『まことの女』になることを望んでいた。しかし、ただ望むだけでなることができるわけではないということもまた、ダジェは理解していた。
同じ腹から生まれ落ちたカタレを殺してまでも、シャイエは『まことの女』になりたいという執着を示した。カタレはカタレで、シャイエほど『まことの女』になりたいとは思っていなかったようだ。どちらかというとニィゼと仲睦まじく穏やかに暮らしていきたいと、カタレは思っていたのだ。それなのにカタレは『まことの女』として身篭り、それを知ったシャイエによって殺された。とんだ災難だ。
過去にも、いくつもの似たような例がある。
同じ腹から生まれてきた兄弟の中に複数の『まことの女』が現れた時には、その世代の兄弟たちは互いに血で血を洗う争いに巻き込まれていく。
ダジェもまた、そうだ。
ダジェと共に生れ落ちた兄弟は、リムシー、ニィゼ、ゾム、シャイエ、そして今は亡きカタレ。六人の子供たちは第二次性徴期を迎え、次々と大人になった。カタレは成長を遂げる前にシャイエの手によって殺されたものの、同じ腹から生まれた兄弟の中に『まことの女』は二人いたことになる。
──だから、カタレは殺されたのだろうか?
このごろめっきりと色香の出てきたダジェは、生まれた時からの癖のように鳩尾のあたりを拳で庇いながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
「あぁっ……んっ……」
ヒクン、とシャイエの身体が跳ねる。
筋肉質な体躯の男はシャイエを身体の下に轢き込み、激しい突き上げを繰り返していた。
「はっ…ぁあっ……」
痛いほどに脹れ上がった男のものを捻じ込まれ、シャイエは先程から涙を流していた。一言として泣き言は口にしなかったが、それでも、痛みからくる涙は自然とシャイエの頬を濡らした。不可抗力だと、痛みを堪えながらそんな風に思うしかなかった。
「……くっ……はぁっ……」
男はシャイエの潤んだ瞳を見て、更に自身を昂ぶらせた。かちかちに硬くなったペニスでシャイエの前立腺を激しく攻め立て、抜き差しを繰り返している。
「ぅあっ……い…痛っ……」
肥大した男のペニスが、シャイエの穴を抉るように突き入れられ、ズルズルと引き抜かれていく。何度かの繰り返しの後、激しく体を揺さぶられ、シャイエは大きく身を仰け反らせた。
きゅっ、と尻の筋肉に力を入れた瞬間、男の竿は小刻みに左右に揺さぶりをかけながら引き抜かれた。
淫猥な水音がシャイエの腹を濡らしている。
男が射精したのだ。
痛みのあまり閉じていた目をそっと開けると、射精した後、男は続けてシャイエの腹の上に放尿し始めた。
唇を噛み締め、シャイエは男の行為を堪えなければならなかった。
一度は『まことの女』と崇め奉られたシャイエだった。が、その夢が儚く消え去った今、自分よりもごつくて体格のいい男たちに蹂躪されることでしか、シャイエは生きていくことが出来なくなっていた。『まことの女』に対する欲情とは異なる種類の蔑みの入り交じった欲情など、シャイエは欲しくはなかった。こんなものを手に入れたかったわけではない。
生暖かい尿が、シャイエの腹を穢していく。
生暖かい涙が、シャイエの頬を伝い落ちていった。
リムシーは旅支度に追われていた。
ダジェが身篭ったことが皆に知れ渡る前に、自分たちが住んでいる小屋を後にしようとしていた。
どこか遠いところ、イアージュのことを知らない人々が住むと言う、別天地を求めて旅に出るつもりだった。
「本当に行くのか?」
不安そうにダジェが尋ねる。
もともとダジェは華奢な体格をしていた。シャイエのような艶かしい色香を纏っているわけでもなく、かといってカタレのように庇護欲をそそるほど小柄というわけでもなく、単に貧弱なだけだと思われるような一般的な男の体型をしていた。
だからダジェが『まことの女』としての資質を秘めていたとしても、誰もそのことに対して過剰な期待をかけることはなかった。
しかし今、『まことの女』になったダジェは、これまでにないほどの危うい色香を放っている。
このままここで生活を続けていれば、明かりに群がる蛾のように、何も知らない男たちが群がってくるだろう。
中には、ダジェが身篭っていることを一目で見抜く者も出てくるかもしれない。
もう既に、カタレが『まことの女』を巡って殺されている。あの時のことがまだ頭の中から離れてくれないリムシーとしては、そんな危険を犯すことはできなかった。もしもダジェがあのような目に遭ったら、リムシー自身はどうすればいいのだろう。
「どこか静かなところへ行って、落ち着こう。カタレのことでお前も気分が晴れないだろう」
言葉を選びながら、リムシーは言った。
ダジェは目を伏せて、頷いた。
「そうだな。どこか、静かなところがいいな。湖があって、人目を気にせずに沐浴ができるような……」
伏目がちに喋り続けるダジェの肩を、リムシーはそっと抱きしめた。
「どうしたんだ、リムシー?」
ふと顔を上げ、ダジェはリムシーの顔を覗きこむ。
「いや、何も」
答えたリムシーの眼差しには、奇妙な翳りの色が現れていた。
ニィゼの小屋で、リムシーは地図を眺めていた。
あまりいい出来映えのものではなかったが、ないよりはましだろうとニィゼがどこからか手に入れてきたものだ。
地図を見ながらリムシーは、ダジェを連れての旅の予行演習を頭の中で繰り返す。ニィゼが手を貸してくれるのは、二人が故郷を後にするところまでだ。いったん故郷を後にしてしまえば、そこから先はリムシー一人の力でダジェを守り抜くしかない。
出来るのだろうか。
まったく知らない土地で、ダジェを守りながら、旅をする。そうしてそう遠くない未来にやってくる出産の瞬間に、リムシーは立ち合わなくてはならない。
しかし。
そう簡単にいくのだろうか。
もしかしたら、腹の子を旅の途中で失ってしまうようなことが起こるかもしれない。確かな安全は、どこにも保証されていないのだ。
しかめっ面のリムシーは、地図を睨みつけながら長いこと旅の行程について考えていた。
──そうすると、旅の途中でダジェの腹の子に何かあった時のことも考えておかなければならないな。
手を伸ばすと、ダジェの肩に指先が行き当たった。
明け方、まだ暗いうちからリムシーはダジェを抱いた。ベッドの中で二人は夜明けの光を目にした。そろそろ陽も高くなり始める頃だったが、どちらともなかなかベッドから出ようとしない。
リムシーはそのまま指を滑らせて、ダジェの頭を抱き寄せた。
「そろそろ起きるか?」
と、リムシーが顔を覗きこむと、ダジェは艶めいた笑みを口元に浮かべる。
「どうした?」
リムシーが尋ねると、待ち構えていたかのようにダジェは口を開いた。
「『まことの女』を抱きたかったオレが、『まことの女』になるなんて……」
ダジェの言葉に、リムシーも「ああ」と、頷く。
確かに二人とも、思ってもいなかった。
まさかダジェが『まことの女』になるなどとは、誰も思っていなかったことだ。リムシーですら、その可能性について考えたことはほとんどなかった。
兄弟の中でも随分と短気で喧嘩っ早かったダジェが、『まことの女』になった。正真正銘の『まことの女』だ。
イアージュの未来を担う子供たちの宿主として、ダジェは選ばれたのだ。
まず、誇らしさがあった。兄弟の中から選ばれたのだという、特別な意識。それから……これはダジェはこれっぽっちも知ることのないことだったが、何故、『まことの女』がダジェなのかという、リムシーのやり切れない思いがあった。
表立ってリムシーはダジェを非難することはなかったが、心の中ではドロドロとした思いが渦巻いていた。
何故、ダジェなのか。
何故、ダジェはイアージュの未来に命を奪われなければならないのか。
──…何故?
考えればきりがなかった。
それに、ダジェの身体には既にイアージュの子供たちが宿っている。
今更なかったことになど、出来るわけがない。
胸の内の複雑な思いを覆い隠すかのように、リムシーはきつくダジェを抱きしめた。
今はまだ、ダジェを失うことの悲しみを考えることはしないでおこうと、そんなふうにリムシーは密かに決心したのだった。
ダジェが『まことの女』だなんて、冗談じゃない。そんな存在、ないほうがよかったのだ。どうせならあの小生意気なシャイエが『まことの女』であればよかったのに。あの我が儘で自分勝手なシャイエは、あんなにも必死になって『まことの女』になることを望んでいたではないか。同じ腹から産まれた兄弟を殺してしまうぐらいにシャイエは、『まことの女』というものに憧れていたではないか。
なのに、何故?
細く尾を引くような溜息を吐き出したリムシーは、ダジェの肩口に額を乗せて顔を隠した。
今、ダジェの顔を見たら、とんでもないことを口走ってしまいそうでリムシーは怖くてならなかった。
END
(H15.6.11)
(H24.5.27改稿)
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