カタレの夢を見た。
血に濡れたカタレが物悲しそうにダジェをじっと見つめている。
もの言いたげなその様子に、ダジェは言い知れぬほど深い痛みと悲しみを感じた。
これは、夢なのに。
自分が作り上げた単なる幻想の世界。
カタレは死んでしまった。
もう、十日も前のことになる。
同じ腹から生まれた兄弟シャイエの手にかかって、カタレは殺された。
嫉妬深いシャイエは、自分こそがイアージュの『まことの女』になるのだと幼い頃から信じていた。それが、何の取り柄もない、小枝のようにガリガリに痩せたカタレに先を越されたことで、シャイエのプライドは酷く傷付いたのだろう。シャイエが何と言ってカタレに近付いたのかは誰にも解らない。が、とにかくシャイエは、カタレが住まう小屋にまんまと入り込むことに成功し、その手で自らの兄弟を殺してしまった。
ダジェは確かに、目にしたのだ。
しばらくして小屋から出てきたシャイエはの手は、血にまみれていた。彼の片手に鷲掴みにされたのは、カタレの生首だった。遠目にちらと見えただけだったが、見間違うはずがない。確かにあれは、カタレの首だ。
そんなことを考えながら、ダジェは夢を見続けている。
目を覚まさなければと思うのに、いっこうにダジェの目は覚めてくれない。
「ダジェ……僕を、助けて……──!」
か細く掠れるカタレの声が聞こえたような気がして……その瞬間、ダジェははっと飛び起きた。
リムシーに抱かれる度にダジェは、『まことの女』になりたいと切望するようになっていた。
近頃は頓にその気持ちが強くなりつつあるようだ。
目を開けると同時にベッドの上に飛び起きたダジェは、べったりとまとわりつく不快な寝汗を無造作に腕で拭った。
隣で眠るリムシーが、小さく身動ぎをする。
ダジェはするりとベッドから抜け出すと、床に投げ落としてあった衣服を素早く身に着ける。
酷く喉が渇いていた。
口の中がべたべたとして、ほのかに鉄の味がしている。リムシーと抱き合った時に口の中を傷つけでもしたのだろうかと訝りながら、ダジェは表へ出る。
戸口のすぐ脇、軒下にかかる場所に置かれた飲水用の大樽の蓋を開け、柄杓でなみなみと水を汲む。
ごくごくと喉を鳴らして水を飲み干すと、口の中の鉄の味はいつの間にか消えていた。
喉の渇きが癒され、一息ついたところでダジェは暗がりを見つめた。
何かの気配がしている。
このところ、夜になるとずっと自分の近くで感じる「何か」の気配に、ダジェは眉をひそめる。
実のところ、それが何の気配なのか、ダジェには全く解らなかった。
ただ、それが悪いものではないような気がして、ダジェはリムシーに相談することを躊躇っていた。
どうしようかと迷っているうちに、もうかれこれ十日近くが経とうとしている。
このままではいけないと、そろそろダジェも迷い始めた矢先のことだった。
翌日の昼間、ダジェはニィゼと顔を合わせた。
通りを歩いていたところに、たまたまばったりと行き会わせてしまったのだ。
カタレを失ってからのニィゼが、伴侶を失ってしまったことで精神的に苦しんでいるのは誰の目にも明らかなことだった。
落ち窪んだ眼孔に、痩せこけた頬。ニィゼの落ち込みは随分と酷かった。ただ伴侶のカタレを失っただけではない。カタレは、ニィゼの子をその身に宿してもいたのだ。
だからだろうか、ダジェは、何も言うことができなかった。ニィゼにかける言葉が、喉の奥でつっかえてしまって出てこない。きっと今はどんな言葉をかけたとしても、ニィゼの耳には届かないだろう。
そんな風に思いながら、肩を落として歩くニィゼの後ろ姿を見送るばかりだった。
それから……それから、そこから先の記憶は、ふっつりと途切れている。何一つ、ダジェは覚えていない。気付いたら、リムシーと二人で沐浴するのによく使う川にいて、身体を清めているところだった。
いったいどうしたのだろうかと考えてみるのだが、考え事でもしていたのか、一つとして思い出すことが出来ない。
どうしたものかと考えていると、「何か」の気配がふっとダジェの側にやってきた。
昼間だというのに、その気配がするのは初めてのことだった。
息を詰めてダジェは、気配のするほうをじっと見つめる。
何も、見えない。
もしかしたら、ダジェの気のせいなのかもしれない。
カタレが殺されてからのダジェは、少し神経質になっているようだとリムシーも言っていた。
そうなのかもしれない。
あまり思い詰めると、胸が苦しくなってしまう。
ダジェはぶんぶんと頭を横に振ると、慌てて川から上がり、身体を拭くのもそこそこに小屋へと戻ろうとする。
何気なく顔を上げて小屋の戸口に目をやると、リムシーが中から出てくるところだった。
「ダジェ、川へ行っていたのか?」
不思議そうにリムシーが尋ねるのに、ダジェは頷いた。
「ああ、何となく、ね」
言いながら小屋の中に入ろうとして、そこでダジェは気が付いた。
小屋の中に、ニィゼがいたのだ。
「──ニィゼ……?」
大柄な彼が椅子に腰掛けていると、小屋の中は妙に狭く感じられる。
それに今日は、何故だか妙な雰囲気だ。
背後に佇むリムシーのほうを振り返ろうとした途端、後から肩をそっと抱き締められた。
「リムシー?」
嫌ではなかったが、ニィゼの目の前でリムシーと自分が仲睦まじくしてはならないような、そんな気がしてつい、きつい声音で非難の声を上げる。
「……ダジェ、聞いてくれ」
耳元にそっと、リムシーが囁きかける。
「何も言わずに、ニィゼと寝てくれ。一度だけでいいんだ。ニィゼが、そうして欲しいと言っているんだ」
言われた瞬間、ダジェは自分の身体が硬直するのを感じていた。
「なっ……なに馬鹿なことを言ってるんだよ、リムシー。ニィゼがそんなこと言うはずが……」
震える声で、ダジェは言った。
ニィゼがそんなことを言うはずがなかった。彼は、カタレのことをそれはそれは深く愛していた。その愛するカタレが死んでまだ、十日しか経っていないのだ。それなのにいきなりダジェと寝たいなどと、そんなことをニィゼが言うはずがないだろう。
「ニィゼは、お前の中にカタレの影を見たと言っている。俺たちは兄弟だからな、そういうこともあるかもしれん」
静かに、リムシーが言う。
「だからってお前、オレに勝手に……」
苛々とダジェが言い返そうとすると、そっと耳朶を甘噛みされた。
「俺も一緒に側にいてやる。だから、ニィゼと寝てやれ。あいつは、カタレが恋しいんだ。もう一度、カタレに触れたいんだ。その気持ち、お前なら解るだろう?」
気が付いた時には、ダジェは一途纏わぬ姿になっていた。
リムシーの手で着ていたものをゆっくりと脱がされたダジェは、いつの間にかベッドに横たえられていた。
「ずっと手を握っててやる」
リムシーが言った。
ふと見ると、ニィゼが椅子から立ち上がり、こちらへやって来るところだった。
こんなのはおかしいと、頭の隅っこでダジェは考える。
自分も、リムシーも、ニィゼも、頭がどうかしてしまったのだ。
もしかしたら皆、カタレの幻影に取り憑かれているのかも知れない。
奇妙な空気が漂っていた。
これが夢であったならと、ダジェは願わずにはいられなかった。
こんな……まるでカタレを裏切るかのような行為に、ダジェの胸はきりきりと痛んだ。
いったいニィゼは、こんなことをして満足なのだろうか。
あれほど大切にしていたカタレを失ってまだ十日しか経っていないというのに。さっき、通りで出会った時にはあんなにもしょぼくれていたあの男が、こうもあっさりとダジェと身体を重ねたいと口に出来るものなのだろうか。
ダジェが躊躇っているうちにも、ニィゼは床の上に服を脱ぎ捨て、ベッドの上に乗り上げてくる。
知らず知らずのうちに、リムシーの肩を掴むダジェの手に力がこもった。
「大丈夫だよ、ダジェ」
リムシーが囁きかける。
逃げることなど出来なかった。
リムシーはしっかりとダジェの腕を掴んでいたし、離そうとする気配はまったくといっていいほどないようだった。
ベッドに上がったニィゼは、いきなりダジェの足首を掴んだ。
「やめっ……ニィゼ、待って……」
逃げようとすると、リムシーにぐい、と肩を引き戻された。
「大丈夫だ、ダジェ。側についててやるから」
リムシーはそう言い、ダジェの髪を優しく撫でていく。
投げ出されたダジェの足の間に身を割り込ませたニィゼは、ゆっくりと太股を撫で上げる。
それからニィゼは、その先にある繁みの中で萎縮して縮こまっているものにむしゃぶりついていった。
ニィゼの愛撫は、リムシーと抱き合う時とはまた違った快楽をダジェに与えた。
すぐ側にリムシーがいて、この行為を見られているのだということもまた、ダジェに羞恥という名の高まりを与えることになった。
ニィゼの舌はざらついていて、リムシーのものよりも刺々しい鋭さでダジェを包み込み、攻め立てていく。
もどかしいまでに焦れったい舌技によって、ダジェのものは徐々に形を変えていく。
初めはリムシーの腕に縋るようにしていたダジェもいつの間にか自ら足を開き、ニィゼが攻め易いように腰を浮かせ、自分が感じる位置へと誘っていた。
時折、ダジェの口から洩れるのは押し殺した吐息だった。
頬を紅潮させ、ダジェはじっとニィゼの愛撫に耐えている。
「あっ……ふっ…ぅ……」
ダジェのものが先端をしとどに湿らせ、ヒクン、ヒクン、と、まるでそれ自身が意思をもっているかように蠢く様を見て、ニィゼはゆっくりとそれを口の中に飲み込んだ。唇を窄め、きゅっ、とダジェを締め付けながら喉の奥に先端が当たるまで飲み込み、また口から抜き出す。しばらくその一連の動作を繰り返してから、ニィゼはダジェの先端をちろちろと舌先でつついた。溢れ出たダジェの精液は、後ろのほうまで流れてシーツの上に染みを作っている。
「……ひっ…──」
ダジェの腰が引ける。
今にも爆ぜてしまいそうなほどに成長したダジェのものは、固くなってニィゼを誘っている。
「挿れてもいいか?」
ベッドに上がってから初めて、ニィゼが口を開いた。
低くくぐもったニィゼの声は、目の前のダジェに欲情してか、微かに震えている。
ダジェは足を自分の身体のほうへと引き寄せて、逃げようとした。腰だけで後退った瞬間、リムシーがダジェの身体をくるりとひっくり返した。
ベッドの上に四つん這いの格好になって這いつくばったダジェを、背後からニィゼは犯した。
無言のまま、ニィゼはダジェの後ろに自身をあてがった。
ニィゼが一気に貫くと、ずちゅ、と湿った卑猥な音がした。
「ぁ……ああっ……!」
リムシーのものよりも太くて熱いものが入り込んでくる。ダジェの最奥を目指して、前後左右に揺さぶりをかけながら、侵入してくる。
心配していた痛みはなかった。ニィゼのものはリムシーのものよりも一回りは大きかったが、見た目ほど固くはなかった。柔らかな質感のそれはしかし、ダジェの内壁をやわやわと押し広げながら擦り上げてくる。
リムシー以外の男に犯されているのだという事実と、慣れないニィゼの体積に、内臓が迫り上がってくる。
吐き気と、その向こう側に待っている確かな快楽への期待が、ダジェの中で危うい均衡を保っている。
「あぁ……あ、あ……はぁ……んっ……」
背を反らしてダジェは、咄嗟にリムシーに救いを求めていた。
「リムシー……舐めさせて…くれよ……」
がしがしと後ろから揺さぶられながらもダジェは、リムシーに懇願した。
手を伸ばし、ダジェはリムシーの股間をまさぐる。リムシーはダジェの頬に手をやると、そっと唇を合わせていく。誘い込むように軽く開いたダジェの唇に舌を差し込み、リムシーは腔内を蹂躙した。
「んっ……ん…ふっ……」
そうしている間にもダジェは、布地の下からすでに勃起していたリムシーのものを探し当て、片手で根本から袋のあたりをやわやわと揉みしだいている。
唇を離すと、互いの唾液が混ざったものが、ダジェの口の端から涎となって筋を引いた。
「ぁむ……ん、ん……」
治まらない吐き気を忘れるかのように、ダジェはリムシーのものを口の中に納めた。いつもより荒っぽく口で扱くと、リムシーのものはあっという間に固さを増していく。
「んっ…む……」
ダジェの背後では、ニィゼが腰を揺さぶっていた。ともすれば崩れ落ちそうになるダジェの腰を片手で抱き止め、もう片手で股間のものを愛撫している。
「ぁあ……ダジェ……」
愛しそうに、リムシーはダジェの頭を撫でた。
リムシーの股間に顔を埋め、ダジェはその青臭さを鼻腔いっぱいに感じていた。こうしていれば、吐き気が治まるとでも思っているかのように。
迫り上がってくる吐き気はしかし、一向に治まる様子はない。
ダジェは激しく口を上下させた。リムシーの先端から溢れ出る、ねばついた精液を躊躇いもせずに次から次へと喉の奥へと流し込んでいく。もうそろそろ、リムシーは限界に達するだろう。
「ダジェ、やめておけ。無理をするな」
リムシーの制止の声は、ダジェの耳にはどこか遠くのほうから聞こえてくるような感じがする。
きゅっ、と口を窄めて唇でリムシーを圧迫した途端、青臭いものが口の中いっぱいにひろがる。馴染のある臭いと味に、ダジェはほっとして身体の力を抜きかけた。
「……カタレ…カタレ、カタレ……」
不意に、ニィゼが激しい突き上げを加えてきた。
慌ててダジェは、崩れ落ちかけた上体を支える。銜えていたリムシーのものが口から外れ、飲み込みきれなかった精液がダジェの口元に飛び散った。
ニィゼはダジェの肩を抱き締めると、自分よりも遙かに華奢な身体をぐい、と自身のほうへと引き寄せた。
ダジェの中に、ニィゼのものが根本までずぶずぶと突き立てられる。
「あぅぁっ……うっ……」
ニィゼの上に座り込むような体勢を取らされ、ダジェは今まで以上に圧迫感を感じずにはいられなかった。
それと同時に、不快な嘔吐感が蘇ってくる。
逃げようと……ニィゼから逃れようとした途端、肩を押さえ込まれて後ろを深く穿たれた。
「ひぃ……っぁ……」
知らぬ間に溢れ出した涙が、ダジェの視界を曇らせる。
「やめっ……リムシー……リムシー、やめさせてくれっ!」
ダジェがリムシーのほうへと腕を伸ばすと、ニィゼの剛毛に覆われた毛深い腕がそれを捕らえた。
ダジェの中の嘔吐感がますます募り、目の前が急に暗くなった。
「ダジェ……ダジェ、僕を助けて……──」
意識を失う瞬間、ダジェは耳元に、カタレの声を聞いたような気がした。
END
(H15.2.3)
(H24.5.27改稿)
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