BLACK MOONの風

  ブラックムーンの儀式から一月が過ぎた。
  シャイエに新たな生命が宿る気配は一つとしてなく、大人たちは次の儀式の時を心待ちにし始めた。
  ダジェは、リムシーと表面上は何の変化もないように振る舞っていたが、夜になるとはどちらからともなく互いに肌を重ね合い、求め合う日々を送っている。今やダジェは、リムシーとの穏やかな生活にしか興味がなくなってしまったようだった。一時期、あんなにもシャイエに夢中だったというのに、不思議なものだ。
  そんなある日、兄弟の一人、カタレに肉体的変化が現れた。
  このところ姿を見かけることのなかったカタレは、ニィゼの種を、イアージュの未来の子をいつの間にかその体内に宿していた。
  『まことの女』はカタレだったのだ。



  カタレは、第二次性徴期の始まったニィゼの雄によって初めての快感を知ることになった。
  イアージュのブラックムーンの最初の儀式でニィゼは、大人たちのうちの何人かと契りを結んでいた。その夜、ニィゼは大人たちから教えられた以上の優しさと我慢強さでもってカタレを愛した。
  同じ腹から産まれた六人の兄弟の中でもニィゼとカタレは特に、幼い頃から仲が良かった。物静かなニィゼは平和を好み、どちらかというと控え目な子だった。カタレは、小柄な体格でありながらシャイエほどの魅力や愛敬には恵まれておらず、いつもおどおどと何かに怯える消極的な子だった。
  そんな二人だったから、最初の契りは穏やかな悦びに満ち溢れたものとなった。
  どちらからともなく求め合った二人は、大人たちから隠れるようにしてこっそりと儀式の丘へ登った。闇は二人の心強い味方で、落ち葉が敷き詰められた肥沃な大地は暖かな褥となった。
「恐くないかい?」
  ニィゼの心遣いは、どきどきと高まるカタレの心臓を鎮めてくれた。カタレが首を横に振るとすぐに、頬に柔らかな唇が下りてきた。
  口付けは頬から始まり、唇、耳たぶ、うなじ、それからまた唇に戻っていく。
「口、開けて」
  口付けの合間にニィゼが言うと、カタレは恥ずかしそうにそっと口を半開きにする。
  すかさずニィゼの舌がカタレの唇を掠め、口内へと侵入してきた。カタレは同じように舌でニィゼに応え、互いの唾液が混ざり合った。
  その間にもニィゼの手は、カタレの身体を愛撫し、一つずつ緊張を解き放っていく。薄っぺらな胸板についた二つの淡い突起は、ニィゼに軽く触れられただけでぴんと立ち上がった。カタレはそこをやんわりと摘ままれただけで、陸に上がった魚のように身体をぴくぴくと震わせた。
  ついにニィゼの指先はカタレの少年へと辿り着いた。まだ薄らとしか生えていない陰毛を指で絡め取り、その奥で自己主張を始めたものに手をかけた。カタレはまたびくりと身体を震わせたが、手はしっかりとニィゼの背に回されたままだった。
「足を開いてごらん」
  ニィゼはそう言うと、カタレの膝に軽く手を当てた。ゆっくりと、時間をかけてニィゼはカタレの膝を割り、その間に身体を滑りこませる。
「恐くないかい?」
  再び、ニィゼは最初に言ったのと同じ言葉を口にした。
「大丈夫。ニィゼだから、恐くないよ……」
  微かに震える声でカタレは返す。
  恐れ以上に、強い喜びがカタレの内にはあった。とうとうニィゼと契りを結ぶことが出来るのだという、大きな喜びが。
  カタレは誰よりも何よりも、ニィゼを信じていた。
  確かに恐怖心もあった。だが、それ以上のものが恐怖を乗り越えた先に待ち構えているということをカタレは知っていた。
  カタレはニィゼのために『まことの女』になりたいと願った。
  誰よりも、強く、強く。



  暗がりの中でダジェは、リムシーのそそり立つ性器を口に含んでいた。
  口の角度を変えてダジェがそれに吸い付くたび、リムシーは掠れた声を洩らす。
  耳に甘い、少し掠れ気味のハスキーな声。ダジェはこの声がよがるのを耳にするだけで、自分の身体がじんわりと熱くなるのを知っている。
「リムシー、オレのも舐めて」
  起き上がってダジェは懇願する。
  今夜、リムシーは既に二度イッている。ダジェはしかし、まだ一度も放出していなかった。先程からリムシーのものを体内に納めたいと焦れているというのに、肝心の当の本人は涼しげな態度でダジェの身体をベッドに押し付けただけだ。嫌々をするようにダジェは首を横に振ると、リムシーの頭を自分の股間へと押し付けた。
「早く……舐めてくれよ。オレ、もう我慢できそうにないよ……」
  涙声でダジェがそう言うと、リムシーは目の前の性器にふーっ、と息を吹きかける。
  ダジェの性器は固く立ち上がっており、リムシーの微かな吐息だけでビクビクと震え、透明な蜜を溢れさせた。
「ぁ……っはぁ…っ」
  腰を浮かせ気味にすると、ダジェは足を開いてリムシーに誘いをかける。
  窓から差し込む月明かりの下、ダジェの淫靡な箇所がリムシーの前に曝される。
「ほら……オレ、こんなになってる……」
  ダジェの尻の割れ目の奥で、入り口は密やかに息づいている。収縮を繰り返しながら、リムシーが中へ入ってくるのを今か今かと待ち構えている。
  じっと恥ずかしい箇所を凝視し続けるリムシーに焦れたダジェは、自ら進んで腰を揺すってみせた。自分の唾液でさっと指を湿らせると、はっきりとリムシーに見えるように、その指を尻の穴にぐい、と突き立てた。
「あっ……ぁふぁっ……」
  ずぶずぶと指が身体の中に入り込んでいく。
  リムシーのものではなかったが、それでも幾ばくかの満足感が得られることをダジェは知っている。
「ああっ……ん、んっ……ぅああぁ……っっ!」
  人差し指と中指を指の付け根まで身体の中に埋めてしまうと、ダジェはゆっくりと指を動かしだした。リムシーによって開発された箇所を集中的に指で攻めると、いつも以上に興奮した声が洩れた。
  リムシーはごくりと唾を喉の奥に流し込むと、勢いよくダジェに覆い被さっていった。
「ダジェ……!」
  性急すぎるリムシーを一瞬、ダジェは拒もうとした。が、リムシーは無我夢中の状態でダジェの入り口をこじ開けようとした。
「あ…やっ……待って、リムシー……あっ、ああぁぁ……駄目っ……く…はっ……ぁぁぁああっ!」
  先走りの液で湿り気を帯びたリムシーのものが、ダジェの中に入り込んでくる。
  リムシーは強引にダジェの中に自身を埋めていく。ダジェの指の関節が、入り込んでくるリムシーの竿の裏側を圧迫する。ダジェの内部は自らの指とリムシーのものとが合わさった体積を納めて、ひくついている。
「くぅっ……」
  低い呻き声を洩らして、リムシーは根本までいっぱいいっぱいにダジェの中に挿入した。
「ぅぅ……あ、ひぁ……っんっっ……」
  ダジェが指を引き抜こうとすると、リムシーの手がそれを制した。
「そのままで……」
  そう言うと、うっとりとした表情でリムシーは腰を前後に揺さぶる。時折、強弱をつけて、ゆっくり、ゆっくり……。
「ぁ……あ、あ……」
  片足をリムシーの腕にひっかけたまま、ダジェは突き上げられた。
  リムシーのものが出入りするたび、入り口のあたりでぐちゅぐちゅと湿った音がする。指を抜こうとすると、リムシーはますます激しくダジェを攻める。二人の腹の間でも、ダジェの性器が湿った音を立てている。先走りの性液がリムシーの腹を湿らせ、そのままダジェの茎を伝い下りると今度は三角の繁みを汚していく。
「ああぁ……いいっ……いい、リムシー!」
  空いているほうの手でリムシーにしがみつき、ダジェは自らも腰を振った。
  後ろが今にも裂けてしまいそうなほどの痛みをも、ダジェは快感として捕らえていた。リムシーが動くたび、ダジェの前は白濁した精液で穢れていく。ダジェはうっとりとして、リムシーの体温の熱っぽさに酔いしれていた。



  翌日の昼過ぎになって、ダジェはようやくベッドから起き出してきた。
  昨夜の情交の名残りはリムシーが片付けておいてくれてようだ。身体のほうはこざっぱりとしていたものの、少し残念なような気分でダジェは表へ出る。
  戸口のところでダジェは手をかざすと、陽の光を避けた。
  気怠い太陽が村を照らしている。
  しかし、何かがいつもと違う。
  いつもと違う空気が村を覆っており、何とはなしに村の空気はピリピリと張りつめているようにダジェには感じられた。
「よお、テオル。何かあったのか?」
  ちょうど目の前を通りかかったテオルにダジェは声をかけた。第二次性徴期の名残なのか、テオルはあまりイアージュの成人らしくない。何年か前の儀式では、テオルこそが『まことの女』だと噂されたほどだったが、残念ながら彼が『まことの女』になることはなかった。
  愛想のよい笑みでダジェが尋ねると、テオルは周囲をさっと見回して、人の目を気にするような仕草を見せた。
「……お前、知らないのか?」
  ひそひそと囁くように、テオルは尋ね返してくる。
「何だよ、いったい何があったんだよ」
  ダジェは苛々とテオルを睨み付けた。
  三つ年上のテオルは、華奢な体格をしている。ダジェとテオルが並んでいると、たいていはダジェのほうが年上に見られるほど、テオルは華奢で小柄だった。
「ついに現れたんだよ、『まことの女』が──」
  さっと耳打ちするとテオルは素早く身を翻し、ダジェから離れていく。
  まるで、何かを恐れているかのようだ。
  テオルの後ろ姿を見送りながら、ダジェは思った。
  もしもそれが……『まことの女』が現れたという話が事実なら、これほど喜ばしいことはないはずだ。それが本当ならきっと、村を上げての大騒動になるはずだった。
  それなのに今のテオルの様子は、どこかぎこちなさが残る。
「ガセじゃねぇのかよ」
  ぽそりと呟いて、ダジェはテオルとは逆の方向へと通りを歩き始めた。



  村で交わされる囁き声は、途切れ途切れではあったもののダジェの耳にも入ってきた。
  が、しかしどこか妙だと思っていたのは気のせいではなかったようだ。
  村人たちは、シャイエが『まことの女』ではなかったことを残念そうに囁き合っていた。シャイエでは『まことの女』としての器が小さすぎると口にする者もおり、あれだけ『まことの女』ではないかと噂されていたシャイエが、今までのちやほやされるばかりの地位から転落したという事実がダジェにとっては新鮮な驚きだった。
  では、『まことの女』はいったい誰なのだろう──?
  そんなことを考えながら歩いていると、不意に何人かが集まって声高に叫んでいるのに出くわした。
  がっしりとした体格の男たちが五、六人ばかり、ニィゼとカタレが使っている小屋の前に集まっている。
「何だ? どうしたんだよ?」
  口の中で呟いて、ダジェは男たちの輪の中に潜り込んだ。男たちに混じって、同じ腹から生まれた兄弟のゾムがいた。
「ゾム、何があったんだ?」
  同じ兄弟の中でいちばんいい体格のゾムは、既に立派なイアージュの成人となっている。彼に続いてニィゼとリムシーも成人した。残るはダジェ、シャイエ、カタレの三人だが、三人ともそれぞれに第二次性徴期の終わりにさしかかっている。ここで『まことの女』になることが出来なければ、後は正真正銘の男として生きるしかないはずだ。
「ああ、ダジェか」
  ダジェの姿に気付いたゾムは、小さく鼻白むとぎろりと上から見下ろした。
  圧迫するようなゾムの視線をダジェは正面からぎっと睨み返す。
「抜け駆けしやがったんだよ、ニィゼの奴が」
  忌々しそうにそう吐き捨てると、ゾムは肩をそびやかした。悠々とした様子でダジェのすぐ横を通り抜け、彼は自分の生活する小屋へと戻っていった。
  ダジェはぼんやりとゾムを見ていた。
  一瞬、ゾムが口にした言葉の意味が理解出来なかったのだ。
「抜け駆けって……」
  呆然としているダジェに、誰かの手がぶつかった。
  後方からも別の誰かが体当たりをしてきて、そのままダジェは人の波に巻き込まれてしまった。
  周囲の男たちは口々に叫んでいた。
  カタレを表へ出せ──と。
  本来ならばブラックムーンの新月の儀式で子を宿すのが正式なやり方のはずだったが、カタレの場合は最初からニィゼとしか交わっていなかった。村の男たちはニィゼがわざとカタレを儀式に参加させなかったのだと憤って、暴徒となって小屋へ押しかけてきたのだった。
  男たちの波に流され、ダジェは小屋の壁に押し潰されそうになっている。
  狂ったように『まことの女』を表へ出せと怒号のように叫び続ける男たち。小屋の中にいるカタレはおそらく、酷く怯えていることだろう。
「やめろ……やめろよ!」
  ダジェは叫び返したが、誰も聞き入れてくれるはずもなく、人の波はよりいっそう激しくがなり立てている。
  男たちを押し退け、ダジェは戸口のほうへ駆け寄ろうとしたが、すんでの所でぐい、と肩口を強い力に引き戻された。
「お前も抜け駆けをする気か?」



  小屋の壁に押し付けられ、ダジェは男に睨み付けられた。
  抑制の効かない男の体は、渦巻く欲求の捌け口を求めてダジェを凝視する。それは、儀式に参加せずに『まことの女』になってしまったカタレへの、言葉では言い表すことの出来ない苛立ちの現れでもあった。
「そうか。お前、確か……」
  ダジェのほうは男のことを知らなかったが、男のほうはダジェのことを知っているようだ。男はダジェの肩を手で押さえたまま、体を密着させてきた。固くなった股間の高ぶりを男はダジェに押し当て、ぎゅうぎゅうと体重をかけてくる。壁に当たる肩胛骨が痛い。
「離せよ、下衆野郎」
  両腕を力の限り突っぱねて、ダジェは抵抗を示す。が、その抵抗は知らず知らずのうちに男の更なる欲望を呼び寄せてしまっていたようだ。男はいきなり膝でダジェの急所を蹴り上げてきた。
「うあっ!?」
「手加減してやってるんだ、有り難く思えよ。使い物にならなくなったらお楽しみがその分減ってしまうからな」
  にやりと口元に笑みを浮かべると、男はダジェの膝の間に片足を滑り込ませる。ダジェのきめ細かい肌をした喉元に軽く歯をあてがうと、低く押し殺した声で笑った。
「動くなよ。動いたら、今度は喉を噛み切ってやる」
  言いながら男は、ダジェの喉元に舌を這わせてくる。熱い舌先のちろちろとした動きに、ダジェは背筋がむず痒いような感覚に襲われた。昨夜のリムシーの舌使いが不意にダジェの中に蘇ってきて、身体の芯がもぞもぞと蠢き出しそうになる。
「やっ……」
  少しでも男の舌から逃れようとダジェは小さく首を横に振った。男は満足そうに喉を鳴らしている。
  男の手が、ダジェの股間に伸ばされる。
  厭らしい、ねっとりと絡みつくような指使いが服の上からダジェの性器をまさぐっている。心ではそれを拒絶しようとするのに、ダジェの身体は正直な反応を返そうとする。
  何度か男の指が性器の上を往復しただけで、ダジェのものは布の上からでもはっきりとわかるぐらい固く勃ち上がってしまった。
「ぁ……はぁっ……」
  甘い吐息を耳に感じた男は、ダジェの口の端を舌でペロリと舐める。
  抵抗したくてもできない状態でダジェは、気付いてもくれない人の波へと恨めしそうな眼差しを向けた。男たちはまだ騒ぎ立てている。口の端から唾を飛ばしながら怒鳴り続ける者もいれば、手近なところにある石や木ぎれを振り回す者もいる。まるで、何かに憑かれたかのように皆、ダジェの言葉に耳を貸そうともせず暴れている。
  その人の波を掻き分けて、シャイエが戸口までやってきたのがダジェの目に飛び込んできた。
「シャイエ……」
  呟いた自身の言葉すら、ダジェの耳には聞こえないほどだ。それだけ男たちは躍起になって騒ぎ立てていたのだ。
「落ち着け!」
  戸口の前で、シャイエは声高に叫んだ。
  透明な響きの高い声は、男たちのだみ声の中にあって一際美しく耳に聞こえてきた。
  シャイエが腕を高々と掲げると、男たちは波が引いていくかのように静まり返った。『まことの女』と騒がれていたシャイエの姿に、皆、驚きを隠すことが出来ないでいる。
「カタレが『まことの女』だという噂があちこちで交わされているが、僕は信じない。村の儀式に参加したことのない者が、『まことの女』だと、皆は本気で信じているのか?」
  柔らかなトーンの声が、あたりに響き渡った。
  シャイエが語り始めた途端、男たちは黙り込み、耳を澄ましてその言葉に聞き入っている。ダジェの股間をまさぐっていた男もいつの間にか体を離しており、うっとりとした様子でシャイエを見つめている。
「僕が行って、カタレから直接話を聞いてこよう。皆はそのまま、ここで待つように」
  そう言ってシャイエは、悠々とした態度で戸口の前へと歩み出た。



  シャイエは戸口を軽くノックした。
  木造の戸に口を寄せて「中に入らせてほしい」とシャイエが言うと、随分と経ってからそうっと中から戸が開いた。
  シャイエが素早く小屋の中に入り込み、戸はバタン、と音を立てて閉じられた。
「カタレ……」
  ダジェは不安でならなかった。
  何かが、おかしい。
  妙だった。
  シャイエとカタレは同じ腹から生まれた兄弟だったが、あまりにも性格が違いすぎた。これまでの人生で二人が会話をすることはほとんどなく、どちらかというとシャイエはカタレのことを嫌っていた。カタレはカタレで、シャイエのことを恐れていた。シャイエが、綺麗すぎるがための残酷さを持っているということを知っている、数少ない人間でもあったのだ、カタレは。
  それなのに何故、カタレはシャイエを小屋の中に入れたのだろう?
  ダジェがじっと戸口を見守っていると、今頃になってリムシーがやってきた。自分たちの小屋にダジェの姿がないことに気付いたリムシーは、この騒ぎの中へわざわざ出かけてきたようだった。
「ここにいたのか、ダジェ」
  肩を掴まれ、優しく髪を撫でつけられた途端、ダジェはリムシーにしがみついていた。
「シャイエが……あいつ、カタレの小屋に入っていきやがった……」
  何気なしにリムシーは、服の端を握り締めたダジェの手を見やった。ダジェの手は小刻みに震えている。きつく握り締めた指先は白くなっており、それだけ力が込められていることが一目でわかる。
「寒いのか、ダジェ?」
  そっと尋ねかけると、ダジェは怯えた眼差しでリムシーを見上げた。
「──ニィゼは?」
  ダジェが尋いた時だった。
  戸がバタン、と荒々しく開け放たれた。
「カタレ!」
  ダジェが戸口のほうへ駆け寄ろうとするのを、リムシーは力任せに引き留めた。
「行くな」
  ぐい、とダジェを自分の胸の中に抱き込むと、戸口のほうに背を向ける。
「帰ろう、ダジェ。話し合いは終わったようだ」



  リムシーに抱きかかえられるようにして、ダジェはその場を後にしなければならなかった。
  通りの向こうからちらりとカタレの小屋のほうを振り返った瞬間、シャイエが血に濡れた手を天へと向けて突き上げているのが見えた。
  遠目に見えたのは血に濡れたシャイエの手と、それから、カタレと呼ばれた兄弟の生首と。
  ダジェの瞳に映ったカタレの表情は、恐怖と何とも言えない悔しさとが入り混じっていた。
  小屋の周囲を取り囲んでいた男たちが、どっと喚声を上げる。
  口々にシャイエの行動を讃えているのだということに気付くまで、そう長くはかからなかった。
  そうして。
  イアージュの民は今、『まことの女』を失ったのだった。



END
(H14.10.28)
(H24.5.27改稿)



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