生まれた時から僕は、天使の翼を持っていた。
一対の白い翼。
広げると身体を包み込むほど大きくて、柔らかな翼。水鳥の羽毛のように乾いた暖かさで、いつも僕を抱きしめてくれている。
僕は、作られた存在。
天使のように気高く、純真な心をもった人工の生き物。
僕が生まれたのは、偶然の悪戯。
DNAを研究していた<博士>が、たまたま僕を作り出すことに成功した。それが、そもそもの発端。
僕は天使のDNAを研究を持って生まれた。
仲間は、いない。
だから僕は、世界でたった一人、天使のDNAを持つ存在。
たった一人。
僕だけが、天使。
だから<博士>は僕に、名前を付けなかった。
天使に名前は必要ない。
<博士>は僕のことを「私の天使」と言って、可愛がってくれた。
二人きりの生活だったから、僕も自分に名前がないことについては妙だとも何とも、思っていなかった。
僕は名前の必要に迫られたことはなかったから、<博士>の気分次第で、その時々によって異なる名前で呼ばれることに抵抗を感じることもなかった。それでいいと思っていたのだ、僕は。
<博士>のこともさえも僕は、「博士」という名前なのだと思っていたほどだ。
それでも、不自由だと思うことはなく。
僕の時間はゆっくりと、流れていく。
<博士>と二人きりの、淡く儚い時間。
二人だけのそれは、甘い甘い蜜月期だった──
<博士>に抱かれたのは、満月の夜だった。
透き通るような深い群青の空に、真っ白な月がかかっていた。
僕はフローリングの床にごろりと仰向けになって、天窓のところから覗く白い月を眺めていた。
背中の翼の付け根に合わせてカットしたTシャツを着て、ジーンズをはいていた。どちらも<博士>が用意してくれた服だ。僕はこの屋敷の外に出ることはなかったから、服なんて要らなかったんだけれども。でも、<博士>が服は着ていたほうがいいと言ったから。だから僕は、服を着た。窮屈だと思ったけれど、<博士>が「よく似合うよ」と言ったから服を着ている。本当は、今すぐにでも脱ぎ捨ててしまいたいのだけれど。
月を見ているうちに僕は、うとうととしていた。
優しい月の光が、僕を包んでくれている。
<博士>はいない。きっと、研究室にいるはず。僕には解らないことをしている。「作業」なのだと、<博士>はいつも言っていた。大切な、大切な。
目を閉じると、月の残像が目の裏側に焼き付いてしばらくの間、白い光を放っていた。
──なんて綺麗な光なんだろう。
僕は、声に出さずに呟いた。
ひんやりとした風が、開け放した天窓からそろりと忍び込む。
両手足を大の字に開いて、僕は目を閉じたままじっとしていた。
ふと気が付くと、<博士>がすぐ間近で僕の顔を見下ろしていた。
「<博士>……」
僕は呟いた。寝起きの時の、弱々しい掠れた声。
<博士>は小さく口元だけで笑って、僕の頬に触れてきた。
「可愛い私の天使」
<博士>が言った。
「お前は、私のことをどう思っている? 私が好きか?」
尋ねられた言葉の意味を深く考えることなく、僕は返した。
「好き……<博士>が、好き」
ゆっくりと、<博士>の顔が近づいてくる。唇が……僕の唇を掠めるように、ついばんだ。
「<博士>?」
今のは、何? ──尋ねようとして、さらに深く<博士>の唇に僕の唇を塞がれた。
息が、出来ない。
ちょっとずつ唇をずらしては角度を変えながら、<博士>は僕の唇を吸い続けた。
「んぅっ……ぅぅぅ……っんっっ!」
両腕で突っぱねるようにして、<博士>の胸板を押し返す。だけど見た目よりもがっしりとした<博士>の胸は、びくともしない。
諦めて力を抜くと同時に、口の中に<博士>の舌が入り込んできた。
「んっ!」
鼻から抜けるような声が出た。
恥ずかしくなって僕は、声が抜けないように堪えようとしたけれど、声は次から次へと出てきた。普段の僕なら恥ずかしくて絶対に出したりしない、甘ったるい声。鼻にかかった、吐息のような……。
「んぅっ……やっ……<博士>!」
やっとのことでそれだけ言った。
だけどまた、すぐに博士の舌が僕の口の中に入り込んでくる。舌をきつく吸われた。吸い上げられ、舌の根本が痛いほどだった。それから舌で、歯の裏や歯茎の裏を丹念に舐められた。<博士>の舌は丹念に僕の口内を舐め上げていく。
僕はぞくりと背筋に電流が走ったような気がした。
唇が離れるよりも早く、僕は、<博士>の手がTシャツの裾から中へ潜り込んでくるのを感じていた。
<博士>の手はひんやりと冷たくて、僕はぞくりと身体を奮わせた。
いつも僕の頭を、背中を、優しく撫でてくれる<博士>の手が、急に怖くなった。
実際、<博士>の手つきは優しく、僕の脇腹を撫で上げながらそっと上を目指して駆け上がってきた。指先が、僕の胸の先端に触れた。
「んっ、ふあっ……」
僕の身体はビクビクと跳ねた。まるで、水から飛び出した魚のように。
こりこりと<博士>の指は、僕の胸の先をつついたりこねくり回したりし始めた。その度に僕の身体はビクビクとしなり、鼻にかかった甘い声が洩れた。間もなくして胸の先端からじぃん、と甘い痺れのようなものが身体中を駆けめぐりだした。それは、<博士>が僕の胸先に触れると起こった。乳首が立ち上がり、硬くなっていく。
なんだか胸のその部分だけが急に感覚が鋭敏になったみたいだ。
僕がすっかりおとなしくなってしまうと<博士>は、僕の唇から顔を離して言った。
「可愛いよ、私の天使」
すっかりシャツはたくし上げられていて、胸は夜気に晒されていた。
僕の唇の端を軽くついばむと、<博士>は耳の下から喉元へと唇を滑らせた。
次に<博士>が僕の胸の先端を口に含んだ瞬間、僕は大きく体を仰け反らしてしまった。
「あっ……ぁぁあっ?」
ビリビリと、甘い痺れが僕の身体中を駆け抜ける。
何故だかわからないけれど、それが気持ちのいいものだと僕は知っていた。<博士>は、僕を気持ちよくさせてくれているのだと思うと、なんだか安心した。
僕は<博士>の頭に手を添える。<博士>が、僕をもっと気持ちよくしてくれるように。僕が気持ちいいと感じるところに、<博士>が触れてくれるように。
<博士>は僕の気持ちが解っているのか、僕の手の力の入れ具合で舌の動きを早くしたり、時には噛んだりして、僕の乳首を舐め続けた。
「あっ、あはぁ……っ……」
僕の声はいやらしく耳に聞こえてきた。まるで、自分の声じゃないみたいだ。
「可愛い小鳥ちゃん。もっと囀ってごらん」
そう言うと<博士>は僕の顎に手をかける。もう一度キスをして、それから
<博士>は僕の両手をひとまとめにして手首のところでぎゅっと掴んだ。
「あっ……あ、やだぁ……っっ……」
<博士>は僕の胸の突起を口に含み、ぎゅぅっ、と吸った。痛いほど吸い上げてからざらざらした舌でペロリと舐められると、背筋がぞくぞくした。
僕がビクビクするのを<博士>は楽しんでいるようだった。僕が声を上げて身体を捩らせると、<博士>はそんな僕の姿を熱心にじっと見つめる。それに気付くと僕はさらに恥ずかしくなってしまって、顔を伏せようとするのだった。
「あんっ……んっ、んぅ……」
たっぷりと僕の胸を愛撫した<博士>の舌は、今や下へ下へと向かって走り始めていた。
平坦な身体を撫でるようにして、指が這う。
怖いほど僕の身体は<博士>の指に反応し、ビクビクと震える。
カチャカチャという音がして、ジーンズのベルトが外される。脱がされているんだと思うと、これから何をされるのか知りもしないで僕は、心持ち腰を持ち上げて<博士>がジーンズを脱がしやすいように協力した。
ずるり、とジーンズが下ろされる。下着ごと<博士>は僕のジーンズを足首のところまで引きずり下ろした。残った衣類を僕は、片足で蹴飛ばして脱いだ。シャツの方は、まだ僕の胸のあたりでもたついている。まるで、拘束されているような感じがしないでもない。
恥ずかしいというよりも、大好きな<博士>に抱きしめられているのだと思うと、気持ちが穏やかになった。
<博士>が僕を傷つけるはずがない。だって<博士>は、僕の大事な人なんだから。
「いい子だね、私の天使。もっと気持ちよくしてあげるからね」
そう言って<博士>はいきなり、僕の……その……おちんちんを、パクリと口にくわえた。
「あっっ……<博士>!」
僕は嫌々をするように首を横に振って、<博士>の髪をぎゅっと引っ張る。
「やだっ……やだやだぁ……っっ……あ、あぁんっっ!」
嫌だって言いながらも、僕は自分の身体がビクビクとするのを感じていた。
<博士>の口が僕のものをきゅっ、と締め付ける。僕の形。<博士>の口の中で、僕のものは形を変えていく。信じられないぐらい、感覚が鋭敏になっている。<博士>が口をすぼめて僕のものをきゅっと締め付けると、僕はあられもない声を上げた。
逆に、<博士>の口が離れそうになると僕の手は<博士>の頭を押さえつけて、もっと舐めてと腰を揺らした。
「淫乱だな」
と、<博士>は呟いた。
僕にはその言葉の意味はよく解らなかった。けれども、なんだかとても恥ずかしいことを言われたような気がして、頬がカッ、と熱くなった。
僕の足はいつの間にか、<博士>の肩に抱え上げられていた。
僕のものからは乳白色の液が溢れ出していた。びちゃびちゃと、<博士>はまだそれを舌先で舐めている。
「ここも、気持ちよくしてあげようね?」
<博士>はそう言って、僕のお尻の穴に指を添えた。
「だめっ……<博士>、そこはだめっっ……!」
抵抗しようとすると、背中の翼が邪魔になって動きを封じられた。僕は少し怖くなって、博士の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ、私の可愛い天使」
と、<博士>は僕を安心させるように微笑んだ。
穏やかな<博士>の表情。優しくて、いつも僕を守ってくれる人。
だけど……
躊躇していると、<博士>の指が、僕の後ろをくすぐるようにして中へ侵入してきた。さっきから僕の先端に溢れ出している乳白色の液体を指で掬うと潤滑剤にして襞の縁に丁寧に塗り込めて、それからゆっくりと<博士>の指が僕の中へと入ってくる。
「あああああっ……!」
ぐり、と内壁を引っ掻かれる感触に、僕はつい声を洩らしてしまう。
<博士>の指は太くて、硬くて……穴の入り口をもぞもぞとしているかと思うといきなり、ぐりぐりと内壁伝いに奥へ侵入したりする。嫌だと言っても<博士>は僕を離してはくれない。
<博士>に抱かれること自体が初めてのことだったけれど、僕は痛みではなく、快感を感じていた。恥ずかしいほどに。
それでも<博士>は、僕の後ろに入れた指を二本、三本と増やしていき、中を掻き混ぜては湿った音を立てた。恥ずかしくて恥ずかしくて、何度も「やめて」と言ったけれど、<博士>は聞き入れてはくれない。仕方なく僕は、<博士>にされるがままになっていた。
ぴちゃぴちゃと、僕のお尻のあたりで音がしている。
<博士>の舌は僕のお尻の襞の周囲を這い回っていた。唾液でぐっしょりとなったそこを、挿入した指で時折掻き混ぜられると身体がびくびくとなった。
「さっきからひくついているようだね、ここは。こうすると……ほら、こんなにビクビクして」
太い指で僕の中を引っ掻き回しながら、<博士>は言う。
内壁をぐい、と突き上げられる感覚に、僕のおちんちんがヒクヒクとひくついている。白濁した汁が溢れて、ポタポタと僕の腹の上に降り注いだ。
「やだっ……ぁぁあ……やめて……!」
足を閉じようとしても、<博士>の身体が間に入り込んでいて、閉じることが出来ない。それに、<博士>の肩に僕の足は担ぎ上げられている。身動きしようにもできないのだ。
「ぁんっ、んっ……くっ……んんっ」
僕の無防備な姿を<博士>は目を細めてしげしげと眺める。恥ずかしい。
「もうやめて……<博士>……<博士>、ねぇ……」
<博士>の指はまだ、僕の中をぐちょぐちょと引っ掻き回している。それから、急に<博士>の身体がするりと僕の足の間から離れていった。
ずるり、と<博士>の指が僕の中から引き抜かれる。
「ひっぁ……ぁぁっ……!」
それまで身体の中に埋まっていたものがなくなったという喪失感が、僕を焦らせた。今まで<博士>の指が僕の中に入っていて、引っ掻き回していた。内壁に沿っておちんちんの裏のあたりを突き上げられると、僕の身体は大きくしなり、反り返る。その感覚が、焦りとなって一気に収束していく。もっと、してほしいのに。僕の中に入って、この燻り始めた熱を鎮めてほしいのに。
「<博士>……やめないで……ねぇ、<博士>……僕、<博士>にもっと……入れてほしい……」
太くて節くれ立った、指を。そうして、ぐちゃぐちゃに中を掻き混ぜてほしい。
ううん。指でなくてもいい。もっと、いいもの。<博士>の……。
<博士>はちょっと驚いたような顔をしてから、すぐに小さく笑った。
それから、ゆっくりと僕の足を再び抱え上げ……後ろの部分に、僕が欲しがっているものをあてがってくれたんだ。
「お前はやっぱり淫乱だ。それも、折り紙付きの淫乱だ」
そう言って、<博士>はゆっくりと僕の中に入ってきた。今度は、さっき以上に圧迫感のある、火かき棒のような熱いものが突き入れられ、僕の内臓をせり上げていく。
「あっ、あぁぁぁぁ……」
苦しかった。熱くて、痛くて。
だけども、僕が一番待ち望んでいた、もの。
僕はぐい、と足を宙に突き上げて、<博士>を受け入れた。ぎゅっと<博士>の首に腕を回して、しがみつく。そうすることで、怖ろしいほどの圧迫感がわずかながら薄れるような気がしたから。
最後まで<博士>のものが入ってしまうと、密着した周辺は体液でぬるぬるになっていたのが改めて感じられた。僕のおちんちんは淡い陰毛の中から勃ち上がり、<博士>の腹筋に触れるたびに甘い汁を垂れ流している。
僕はもう、我慢の限界まできていた。
<博士>が僕の中で蠢くたびに、身体はしなり、僕の先端からは体液がこんこんと沸き上がった。その白濁した液を<博士>は指で掬い取ると、僕の口元へと運んだ。
「さあ、舐めなさい」
命令口調で言われ、僕は<博士>の指をぱくりと口に入れる。ドロリとした青臭いにおい。苦くて、むせ返りそうな……。
口の中に入れた<博士>の指に、僕はおずおずと舌を這わす。ちゅっ、ちゅっ、と音を立てて吸い付くと、<博士>は満足そうに僕を見つめた。
「いい子だ。ご褒美をあげよう」
そう言うと<博士>はそっと腰を動かし始めた。
「あ、あぁっ……」
焦らされている。わざと<博士>はゆっくりと動いて、僕を焦らしている。僕が音を上げるのを、待っている。
「ぁんっ……あ、ぁふぁ……っん、くっ……」
僕の性器に絡み付く<博士>の指は、いやらしい動きをしている。先端の割れ目を爪でこりこりと引っ掻いたり、急に根本のほうから激しく扱いたり。前も後ろも<博士>に愛撫されて、僕はもう、しっかりと<博士>にしがみついてこの快感の波が過ぎ去るのを待つことしかできなくなっていた。
「いい……いいよ、私の天使。とても可愛い……」
と、<博士>。
言葉を返そうとしたものの、思考能力が鈍っていて何も返せない。
言葉の出てこない僕に、<博士>は深い口吻を僕にくれた。
しがみつく。しっかりと。<博士>から離れたくなかった。突き上げられる激しさが増すと、僕はまた性器からねちっこい液を溢れさせた。<博士>にしっかりとしがみついたまま、何を口走っているのかも解らない状態で、喘ぎ声を上げ続けた。
そうして。
鼻息の荒くなった<博士>は、僕の身体の中の一層奥深いところを強く突き上げた。
その頃には僕はもう、喉ががらがらになってしまっていて、それでも反射的に声を上げていた。
「あっ、ぁっ……ひ……あぁぁぁ!」
どくん、と僕の身体中の血流が逆流したような感じがして、<博士>のお腹のところに僕の放った白い精液が飛び散った。それと同時に僕の中に、<博士>のものが放たれる。熱くて痛いほどの迸りに、僕はガラガラになった声で叫び続けた。
目を開けると、まだ夜は明けていなかった。
冷たい夜気と、白い満月。
天窓の向こう側を見上げて、僕は口元に小さな笑みを浮かべる。
<博士>が僕のすぐ隣で眠っている。なんだか疲れているみたいだ。僕も、そう。気だるい感じがしている。それに、僕の中には<博士>の放ったものもまだ残っているし。
僕は<博士>の唇に微かなキスをした。
大好きで、愛しい<博士>。
世界でたった一人の天使のDNAでも、僕は構わない。<博士>が側にいてくれるのならば。側にいて、僕のことを愛してくれているのなら。
「<博士>、好き…──」
呟いて、僕は<博士>の身体にすり寄った。
もうしばらく、こうしていたかったから。
END
(H14.6.16)
(H24.4.22改稿)
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