「ぅ……」
ゼアの口の中で、レジェンドの逞しいものがビクン、と跳ねる。
口に入りきらなかったレジェンドのものをゼアは両手で愛しそうに包み込むと、指先でマッサージをするように愛撫した。
「っ……ぐ……ぅんっ、はぁ……」
舌先をレジェンドのものに絡み付かせ、必死になってゼアは奉仕する。
レジェンドはゼアの頭に手をやり、柔らかな薄茶の髪を掴んだ。薄茶の髪が一房、レジェンドの指に巻き付く。驚くほど柔らかで、滑らかな感触だ。
「なかなか巧くなったな」
目を細めると、レジェンドは囁くように言った。
「んんっ」
それには答えずに、ゼアは舌での愛撫を繰り返す。
愛しい、レジェンド。
このシス・シティの中でだけ、レジェンドはゼアのものだった。昔から、ずっと。ゼアは一目見てレジェンドのことを気に入った。レジェンドは無口な男だったが、ゼアが側にいても一度として嫌な顔はしなかった。それに、彼はゼアのことをあれこれと詮索するようなことはしない。
ゼアが恐れているのは、たった一つ。
誰かが、自分の正体を暴こうとすること。
レジェンドはシス・シティに住むゼアだけを見てくれる。決して、現実世界でのゼアを捜そうとはしない。現実世界の生身のゼアのことをあれこれと尋ねることもなく、また、関心を示そうともしない、レジェンド。
そんなレジェンドだから、ゼアは彼に身体を触らせる。ある意味、彼を信じているのかもしれない、ゼアは。
ぼんやりとそんなことを思いながら、ゼアはきゅっと口をすぼめた。口の中に納めたレジェンドのものが、ドクン、ドクン、と脈打っているのが皮膚越しに伝わる。
「はっ……ぁ……」
レジェンドの微かな喘ぎが、どこか遠くからゼアの耳に聞こえてくるようだ。
「……もういい……ゼア、やめろ……」
くい、と髪を引っ張られ、ゼアは顔を上げた。レジェンドの性器はまだ、口の中だ。上目遣いにレジェンドを見上げると、彼は苦しそうに眉を寄せ、ゼアを見下ろしていた。
「お前も、一緒にイくか?」
尋ねられ、ゼアは待ってましたとばかりに顔をほころばせた。
「いいの?」
レジェンドは頷き、ゼアは早々に口での奉仕を中断した。すっと立ち上がると、レジェンドと向かい合った姿勢のまま腰を下ろしていく。前戯はなかったが、それでも構わない。レジェンドを中へ迎え入れることができるのなら。
「ねぇ……こういう時に、僕の方がいいと思うだろ?」
甘えるように鼻先をレジェンドの胸元にすり寄せて、ゼアは囁きかける。
「僕と、あいつと……どっちがいいか、レジェンド、アンタにならわかるだろ?」
レジェンドは灰色がっかった物憂げな瞳をすっと細めて、ゼアを見下ろす。感情を押さえ込んだ瞳の奥では、もしかしたらゼアの思惑を計算しているのかもしれない。
「僕になら、触れることができる。喋ることだったできる。ちょっとうまくやればアンタの思い通りに抱くことだって出来るんだぜ?」
慎重な動きでもってゼアの尻の穴をまさぐっていたレジェンドの指先が、不意に止まった。それから、ゼアの唾液と自身の先走りの液とでぐっしょりと湿ったもので、後ろを一気に貫いた。
「あぅ……っっ……」
その瞬間、ゼアは背をきりりと反らし、痛みを堪えた。
「今日は無駄口を叩く余裕があるようだな」
冷たい、感情のない声色でレジェンドは言う。ゼアは、触れてはならないレジェンドの傷口に触れてしまったのだ。
ぐい、とゼアの腰を引き寄せると、がしがしと激しく揺さぶりをかける。湿った音があたりに響き渡った。青白いレジェンドの腹に、勃起したゼアのものが当たっている。揺さぶられるごとに先端がレジェンドの腹に押し付けられる。擦られ、先走りの液にまみれてぬちゃぬちゃと音を立てている。
「……ぁ……あ、はぁ……っ……」
レジェンドの背に爪を立て、ゼアは喘いだ。今にも酸欠になってしまいそうだと、そんなことを頭の隅っこで考えながら。
「……ゼア……」
レジェンドは闇雲にゼアの身体を犯している。こういう時のレジェンドが何を考えているのか、ゼアにはすぐにわかった。あいつのことを考えているに決まっている。それ以外、何があるというのだ。
あいつ……ゼアと似通った背格好をした、黒髪の少年。確か「アキ」とレジェンドは呼んでいたはずだ。
「ぅあっ……あああぁ……!」
レジェンドのものが唐突に膨張したように感じられた。そしてその一瞬の後に、腸壁へと激しく叩きつけるような感覚が襲いかかる。レジェンドが吐精したのだ。熱く激しい迸りが、ゼアの中を満たしていく。ゼアは尻に意識を集中させ、きゅっ、と筋肉を締めた。そうしなければ、今にもレジェンドの精が溢れてきそうだったから。
「──余計なことは考えるな。お前は、愉しむことだけを考えていればいいんだ」
ゼアが目を開けると、ベッドの上だった。どれぐらいの間かは解らないが、どうやら気を失っていたらしい。
中世ヨーロッパ風の造りの館は、豪奢な家具や毛足の長い絨毯などで飾られている。ゼアが眠っていたのは天蓋付きの大きなベッドで、家具の価値に興味のないゼアにも、それがかなり手の込んだ代物だということは解った。
ゼアは身を起こすとあたりをきょろきょろと見回した。
レジェンドはいなかった。少なくとも、部屋の中には。
部屋に窓はなかったが、続き部屋があるらしく、二カ所にドアがついていた。
この部屋は初めてだと、ゼアは思った。いや、もしかしたら以前に来たことがあるかもしれない。レジェンドは自分の館の中で続けて同じ部屋にゼアを案内することはない。よほど警戒心が強いのだろう。部屋に出入りする者が内部の見取り図を覚えてしまわないように常に内装を変化させているのか、それともレジェンドが取得している力場が大きいのか。どちらにしても今、レジェンドはここにはいない。 ほうっ、と溜息を吐くと、ゼアは喉元に手を当てた。
レジェンドのことを想うだけで、息苦しくなる。喉が詰まって、息ができなくなるような感じがした。
それだけゼアは、レジェンドのことを想っている。恋愛とはまた違った感情のように思える時もあった。しかし自分はレジェンドのことを想っているのだ。どんなに冷たくあしらわれようと、どんなに素っ気ない気ない態度を取られようとも。
俯くと、目尻にじんわりと涙が滲んだ。
身体の奥で、まだ何かが燻っているような感じがしている。
あんなに激しいのは、今日が初めてだ。あんなに激しく突き上げられ、揺さぶられたのは…──先程の情事を思い出して、ゼアはほんのりと頬を赤らめた。
シス・シティでレジェンドと会うのは、一月ぶりだった。このところレジェンドはサイバーシティに姿を現さなかった。現実の世界に戻っていたのか、それとも他のサーバーが主催するシティに姿を現していたのか。とにかくレジェンドの姿を目にするのがあまりにも久しぶりで、嬉しかったものだからゼアはつい、自分から「抱いて欲しい」とねだったのだ。
もちろんレジェンドは、ゼアを抱いてくれた。
ゼアが望むような心が通じ合うような抱き方ではなかったが、確かにレジェンドは抱いてくれた。本当のことを言うと、レジェンドにはもっと優しくしてほしかった。無茶苦茶になるまで抱かれるのも、嫌いではない。自分がアキの身代わりではないと思える唯一の瞬間だったから。しかし、時には優しくして欲しいこともあるのだ。
今日のゼアは、もしかしたらいつもよりも感傷的すぎたかもしれない。
一ヶ月ぶりのレジェンドは、ゼアの身体の隅々までも奪い取っていくような激しさだった。
こんなにも、好きなのに。こんなにも、レジェンドのことを想っているのに。
──なのに、この想いは通じない。
レジェンドはゼアの気持ちを知っていながら、それを利用しているのだ。いいように利用して、そうして、珍しい玩具ででもあるかのように抱き、飽きると見向きもしない。
「レジェンド……」
ゼアは、ぽつりと呟いた。
囁くような、力のない掠れた声だった。
「レジェンド……アンタが、欲しい……──」
レジェンドは一人、窓際で佇んでいた。
先程の余韻はすっかり消え去り、ゼアの存在を疎ましく思い始めてる冷静な自分がいた。 抱かずにおこうと思っていたのに、また抱いてしまった。
もう、やめよう。身代わりで満足することはしまいと思っていたところだったのに、何故だかゼアを、抱いてしまった。
「肉体的欲求は正直だな」
呟き、何もない灰色の空間を見つめる。
レジェンドの力場は、『無』の空間だ。
何もない場所。すべての場所。どこでもなく、今ある場所。
口元に皮肉めいた笑みを浮かべると、レジェンドは軽く右手を一振りした。
何もない空間にぽっかりと暗い穴が空き、その向こう側が透けて見えた。
ゆっくりと、レジェンドは『無』の空間へと近づいていく。
向こう側にあるどこかへ移動をするために。
ゆっくり、ゆっくり。
『無』の空間に吸い込まれるまさにその瞬間、レジェンドはゼアの姿をふっと頭の中に思い描いた。
と、同時に『無』は、空間をぴたりと閉鎖したのだった。
「ぁっ……あぁ……んっっ……」
食いしばった歯の間から、ゼアは甘い声を洩らしていた。
自分の手が、自らを扱いている。優しく、強く。親指の腹で輪郭をなぞるようにして撫でると、白濁した液が先端に沸き上がってくる。
「んっ……はぁっ──」
レジェンドのことを考えながら自慰行為に耽っていると、腰が自然と揺らいで前へ突き出すような格好になった。
ふと気付くと、ベッドの正面に大きな姿見があった。
ベッドの上から鏡の中を覗き込むと、ほんのりと全身を緋色に染め上げた少年がいる。
目を凝らして見る。自分ではない。……アキだ……そう、あいつだ。レジェンドがご執心の、あの、いけ好かない淫乱野郎だ。
そう思った瞬間、ゼアの頭は妙に冴え冴えとしてきた。
犯してやる──そう、思った。
両手で自身を激しく扱き上げる。自分の声が、まるであの気に食わないアキの喘ぎ声のように耳の中で反響する。
いい気味だと、ゼアはさらに手の動きを早めた。
「あ、ん……あぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
爪の先でぎりり、と先端の割れ目を引っ掻くと、身体がビクン、としなった。
恥ずかしいほどに甘ったるい上擦った声をあげながら、ゼアは自らを……鏡の中に映ったアキの幻影を追い詰めていく。
そのうちにいたたまれなくなって、ゼアは精液で湿り気を帯びた片方の指を尻の穴に突っ込んだ。レジェンドの残滓がくちゅくちゅと中で音を立てる。筋肉が弛緩を繰り返し、痛いほど指を締め付けた。指では物足りなかった。レジェンドでなければこの渇きは癒すことができないだろうということは解っていたが、行為自体を止めることはできなかった。
「レジェンド……レジェンド……!」
ぐい、と指先で腸壁を引っ掻くと、身体が跳ねるような感覚がした。驚くほど大きな声が洩れ、あっという間にゼアは昇りつめた。
ゼアの雄芯から百合の花のような青臭い香りが立ちこめる。
ゼアは、レジェンドのことを思い描きながら唇を噛み締めた。
一人きりは寂しい。だが、干渉されるのも嫌だ。レジェンドが好きだ。気に入っている。そして、アキが……憎い。殺したいほど厭わしい。
目を閉じると、ゼアの頭の中にはアキの姿が浮かび上がってくる。自分と同じ顔立ちの、いけ好かない少年。
「レジェンドは渡さない」
呟き、ゼアは緩慢な動きで身を起こした。
形ばかりの身繕いをすませると、レジェンドの姿を求めて屋敷の中を捜し歩く。
誰もいないことはわかっていたが、それでも何かしら体を動かしていると余計なことを考えずにすむ。レジェンドがここにはもういないこともゼアは知っていたが、それでも、レジェンドの残り香を求めてゼアは屋敷を調べて歩くのだった。
END
(H14.5.31) (H24.3.13加筆修正)
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