『睦夜<壱>』

「──…ぁあっ……」
  ビクン、と若く華奢な身体が跳ねる。
  晶文は小猫のそそりたった若い雄を口いっぱいに頬張ると、舌を使って愛撫した。
  舌技に優れているという公月の言葉どおり、晶文の舌は、的確に小猫の身体を蕩かしていく。
  恐ろしいぐらいに晶文は、小猫のいいところを知っていた。六つの頃から公月の側仕えをしているだけのことはあるようだ。
「あっ……はぁ……はぁ、はぁ……」
  もう随分と長い時間、息があがりそうなほど悶えさせられているというのに、晶文は小猫を放してくれない。舌先でちろちろと小猫の先端を舐め上げ、頬張っては、イきそうになる寸前のところで愛撫を中断している。
  小猫のほうはもう、濡れそぼる先端を持て余して気が狂ってしまいそうなほどになっているというのに……それなのに、晶文は素知らぬ顔で小猫を攻め続ける。
  今すぐにでも、解放してほしい。
  熱い迸りを外へ出してしまいたいと、小猫は狂おしい思いに駆られているというのに。
「上様にお仕えする気でいるのなら……」
  と、晶文は小猫の尻の穴に指を這わせて、言う。
「もっと、楽しませてくれなくちゃ」
  くい、と晶文の指が侵入してくる。
「ゃっ……」
  小さく喘いで、小猫は親指を噛んだ。
「上様は、わたしたちが乱れる姿を見て楽しまれる。その期待に応えるようにするのが、わたしたちの努め」
  内壁をぎり、と引っ掻く晶文の指を、小猫は全身で感じている。
  挿入された指が時間を追うごとに増えていき、三本目が入ってくる頃には小猫の膝はがくがくと戦慄いていた。
「もっと声を出して、小猫。それに、自分から動かないと、この快楽は終わらないよ?」
  そう言うと晶文は、挿入した指をゆっくりと出し入れした。小猫の先端から伝い落ちた精液と、先程からの晶文の唾液とが混じり合い、ぐちゅぐちゅと湿った音を立てている。
「あっ……く、ぅぅっ……」
  だらしなく股を開き、ぐったりとしたまま時折、小猫は身体をひくつかせる。とめどなく溢れる喘ぎ声は掠れて、程よい色香を醸し出している。
「いちばんいいのはね……」
  晶文はそっと小猫の雄に口付けると、根元から先端へと舌を這わせて舐め上げた。
「好きな人のことを考えながら抱かれるんだ」
  指先で玉袋を優しく揉みしだかれ、小猫はますます腰を揺らめかせる。
「好きな人のことだよ、小猫。わかるね?」
  と、言うが早いか晶文は再び小猫を口に頬張った。
  同時に、指の挿入にも激しさを加えてやる。
  小猫は震える四肢を何とか突っ張らせ、今にも喰らい尽くされそうな晶文の激しい愛撫に真っ向から対峙した。
「ん……はぁ…んっ……あぁぁっ……──」
  声が……好いた男のことを考えて目を閉じると、驚くほど大きな声が、洩れた。
  晶文の唇に吸い上げられ、イった瞬間。
  小猫は、男の名を口走っていた──



  公月は、小猫を寝屋には呼ばなかった。
  側仕えになるということは公月に抱かれるということだと思っていた小猫は肩透かしを食らったようで、物足りなさのようなものを感じていた。
「それはきっと、上様がお前のことを大事に思われているからだよ、小猫」
  と、晶文は言う。
  年の近い晶文は、小猫のいい友人でもあった。
  読み書きや算術、簡単な武術などを教えてくれる先生でもあり、褥での作法をこと細かく教えてくれる先輩でもあった。
「そうか?」
  上目遣いに晶文をちらりと見遣ると、彼は酷く真面目な顔付きで頷き返した。
「大事な側仕えほど、上様は抱こうとなさらない。そしてそういった側仕えはたいてい……」
  晶文はつい、と宙を仰いだ。不意に嫉妬にも似た色がその目に宿るが、一瞬にして掻き消えてしまう。
「たいてい、何だ?」
  晶文の言葉の続きを知りたくて、小猫はいそいそと尋ねかける。
「……たいてい、気が短いんだ」
  酷く神妙な顔をして、晶文は言った。
「何だよ、それは」
  と、口を尖らせて小猫。
「本当のことだよ。上様は昔から、お前のような者をいたく気に入られては側仕えになさっている。わたしがお仕えする前にいた側仕えのほとんどは、気が短かったという話だ」
  晶文の言葉に、そんなものなのかと小猫は納得する。
  公月が誰を気に入っていようと、小猫には関係のないことだった。
  小猫は公月ではなく、別に好いた男がいる。誰よりも強くて、逞しくて……自分一人きりの力で生きている、男だ。
「でも……お前は上様の気に入りだが、短気ではないだろう?」
  ふと思いついたように、小猫は口を開く。
「俺なら、晶文のように何でも知っていて、頭がよくて、物静かな者を気に入るな、きっと」
  言いながら小猫は、葎のことを思い出していた。



  葎が屋敷に長く留まることはない。
  彼は戦士で、自由の民だ。
  大地が彼の家であり、海が彼の家であり、世界のすべてが彼の家なのだ。
  だから葎は、滅多に屋敷に顔を出さない。
  小猫が公月の元に身を寄せるようになってからは顔を出す回数も増えたという話だったが、それでも数ヶ月に一度、会うことができればいいほうだった。
「葎に会いたい……」
  延珠の前で心の内をぽつりと小猫が洩らすと、彼女はうっすらと口元に優しげな笑みを浮かべて返した。
「もうしばらくすればお越しになりましょう。あの者は、お前様に会うためにこちらへ顔を出すようになったのですから」
  どこか淋しげな延珠の言葉に、小猫は小さく首を傾げる。そんな小猫に延珠は、あたたかな笑みを向けてみせる。
「あの者が最後にこの屋敷を立ち去ってから、五年でございますよ。お前様を連れてこちらへお見えになるまでは、一度として顔を見せたことはなかったのですからそんなに心配することはありませんよ」
  と、この老女は穏やかに言う。
  延珠が葎のことをよく知っているということは何とはなしに気付いていたが、どういった関係なのかまでは尋ねたことはなかった。昔からこの屋敷に奉公しているからだろうかと小猫は思っていたが、それだけではなさそうな何かが、この老女と葎との間にはあったのだ。
「延珠様はなんでそんなに葎のことを知っているのですか」
  一度、小猫は尋ねたことがある。
  そうすると延珠はどこか悲しそうな表情をふっと浮かべて、こう返したのだ。
「あの者のことなら何でも知っておりましたよ、昔は。上様に連れられてここへ来た時のあの者は、初めてここへ来た時のお前様のように薄汚れてぎすぎすに痩せていて……とんでもない厄介者を上様はお連れになったものだと、屋敷の者たちが噂しておりました」
  小猫はふぅん、と相槌を打った。何だかはぐらかされてしまったような気分だったが、それ以上のことは尋ねることができなかった。
  延珠が……あの優しげな老女が、あまりにも悲しそうな表情をするものだったから、それ以上は尋ねられなかったのだ。



  葎がいつもより早く屋敷に戻ってきた。
  まだ少し肌寒い春先のことだ。
  会いたくて会いたくて、仕方がなかった。ここ数日は特に、葎に会いたくて身体が疼いた。
  夜も眠れないほどに。
  戻ってきたばかりの葎と廊下ですれ違い、ちらと目が会った瞬間、すぐにでも抱いてもらえるものと小猫は確信した。
  葎の目もまた、小猫と同じように餓えたような色をしていたから。
  それなのに。
  闇があたりを包み込む頃になって葎の元へと忍んで行けば、彼は真っ先にこう尋ねかけてきたのだ。
「公月には抱いてもらったのか」
  たった一言だったが、小猫はその場で立ち竦み、首を横に振ることしかできなかった。
  瞳が、怖かった。
  葎の目には怒りと苛立ちの色とが入り混じっており、その目に見据えられると、小猫は身体が竦んでしまって身動き一つできなくなってしまう。
  責めるような眼差しと沈黙とに耐え兼ねてじっとその場に立ち尽くしていると、葎は小猫の顎に指をやり、くい、と上向かせた。
「行ってこい、公月のところへ」
  冷たい、蔑むかのような声で、葎は言う。
「──え?」
  小猫が躊躇っていると、痺れを切らしたのか葎は、痛いほどの力で小猫の腕を掴み上げた。
「行かないのなら、私が公月の部屋まで連れていってやる」
  そう言うと葎は、小猫を半ば引きずるようにして部屋を出た。
「やめろよ、葎。やめろって」
  抗おうとすると、容赦なく平手が飛んできた。律にこんな風に暴力を振るわれたのは、初めてだ。
「公月のところへ行って頼み込んでくるんだな。抱いてください、と」
  鬼のような形相で、葎が言った。
「でも、葎……──」
  言いかけた瞬間、再び平手が飛んできた。今度は小猫も素早くそれを避けることができたが、葎はあまりいい顔をしていない。
「今から行ってくるんだ」
  冷たい声で告げられて、小猫は仕方なく公月の部屋へと足を向けたのだった。



「ぁっ……んっ」
  甘い声と、晶文のくすくす笑いが部屋の中から聞こえてくる。
  部屋の前で小猫は唇の端をぎりりと噛みしめた。
  二人の前で自分の愚鈍さを晒け出すのは嫌だった。みっともないところは見せたくなかったし、何よりも、葎に命令されてここに来たのだということを悟られたくはなかった。
  どうしようかと躊躇っていると不意に障子が引かれ、中から公月が姿を現した。
  着物を軽く羽織っただけの公月の色めいた格好に、小猫はどきりと心臓が高鳴るのを感じた。
「こんな時間にどうしたのだ、小猫」
  驚いたように公月は問う。
「あの……」
  小猫はさっと頬を朱色に染めて、公月から目を逸らした。
  抱いてくださいなどと口にすることなどできない。それに、部屋の中には晶文がいる。彼が公月の褥にいることを知っていながらここへ来てしまった自分に、小猫はほとほと愛想が尽きた。
「とにかく、部屋にお入り」
  と、公月は小猫の肩を抱いて中へ招き入れる。
  褥には晶文が、一糸纏わぬ姿で座っていた。小猫を目にして少し驚いたようだったが、特に気分を害した様子もないようで、何も言わずに黙って二人を眺めていた。
「葎に言われて来たのだろう?」
  何もかも見透かすかのような瞳が、小猫を見つめている。
「……」
  自分を凝視する晶文となら、もう既に何度も寝ている。だが、違うのだ。公月に抱かれるのとはまた、訳が違う。
  公月に抱かれるということは、それは、主従の契りを意味する。
  小猫は誰にも属したくないのに。仮に誰かと主従の契りを結ばなければならないとしたら、その時には葎しか考えられないというのに。それなのに葎は、公月に抱かれろと言う。
  何故、葎がそんなことを言うのかが、小猫には解らない。
  もちろん葎がその意味を教えてくれるはずもない。
  うつむいて自分の指の爪をもてあそびながら、小猫は言いあぐねていた。何と答えようか、と。
「まあ、よい。来なさい」
  公月はそう言うと、小猫を布団へと誘った。
  待ちかまえていた晶文が、公月に背を押された小猫の手を取り、勢いよく布団の中へと引き込んだ。
  その瞬間から、律のいない甘い夜が始まろうとしていた──



──To  be  continued──
(H14.2.9)



BACK