『接吻』

「もう、行かなければ……」
  そう言うと小柄な小猫は、葎の胸の中からするりと抜け出そうとする。
「まだ大丈夫だ」
  と、葎。
  逞しい葎の腕はしっかと小猫の腰を抱き締めており、放そうとする気はこれっぽっちもないようだ。
「でも、行かなければ上様に叱られてしまう」
「構うものか、待たせておけ」
「葎は、ずるい。俺の帰りが遅れれば上様がお怒りになるのを知っていてそういうことを言うのだから」
  葎の胸の中でぐい、と腕を突っぱね、小猫。
「私が遅れても、公月は怒ったりはせん」
  何食わぬ顔で葎が告げると、小猫は口を尖らせて返した。
「それは、葎が特別だからだ。葎はこの<碧ノ國>を守った戦士だから、上様も大目に見てくださっているのだ。俺のような側仕えには、許されないことだ」
「では……」
  と、葎は含み笑いを口の端に浮かべる。
「私と一緒にいたと正直に言えばいい。そうすれば奴も、怒りはせん」
  そう言うと葎は、小猫の顎に指を這わせ、ぷっくらと膨れた唇を激しく貪りはじめた。
「ぁ……葎……」
  小猫は膝の力が抜けていくのを感じていた。
  痺れるような甘い感覚が小猫の頭の芯を蕩かしていく。葎の唾液をこくりと喉を鳴らして飲み込むと、小猫はうっとりとした眼差しで葎を見上げたのだった。



  葎の逞しい腕は、小猫をしっかりと捕らえて放さない。
  見かけの冷たさとは程遠い激しい口付けに、小猫は何も考えられなくなってしまう。
  あっという間に着ていたものを剥ぎ取られ、裸で二人、寝具の上に転がった。
「葎……葎、葎……」
  伸ばした指先を葎の節くれだった分厚い手が包み込む。
「ここに泊まっていけ、小猫」
  耳たぶを甘噛みしながら葎は言う。
「んっっ……やめっ……」
  小猫は小さく身震いをすると、葎に改めてしがみついていく。
  がっしりとした背中も、筋肉で固くなった腕も、あちこちに残る消えない傷も、葎の何もかもが小猫には愛しく思えてならなかった。
「ここでやめてもいいのか?」
  と、小猫の弱いところを撫でさすりながら葎は尋ねる。
「やっ……やめないで……葎、もっとっっ……!」
  焦らすように、葎の指先が小猫の雄をなぞり上げた。小猫はビクビクと四肢を震わせ、葎にしがみついた手に力を込める。葎の指はさらに小猫の奥まった蕾へと辿り着き、淫らな悪戯を次々としかけてくる。
「昔の気の強さはどこへいった?」
  からかうように、葎。
  小猫のまだ幼い雄の先端を葎が丹念に親指の腹で愛撫すると、くちゅくちゅという湿った音がした。二人きりの部屋では、微かな音もやけに大きく感じられる。前と後ろを同時に指で愛撫され、小猫は灯りの消えた部屋の中で一人、うっすらと頬を染めた。
「イかせて……」
  小猫は腰をずらして片足を葎の腰に回し、甘い喘ぎ声を洩らした。
「もう、イきたくなったのか」
  葎は、屹立した自らの雄を小猫の雄になすりつけながら尋ねる。
「はぁっ……ぁ……」
  腰を揺らめかせながら小猫は、葎のものへと右手を伸ばす。
「早く……早くっ、葎っっ……!」
  葎の雄を掴み、慣れない手つきで一生懸命愛撫を与える。葎の雄は大きく、弾力性に富んでいた。小猫のちょっとやそっとの愛撫では、満足しないようなものだった。
  しばらくして小猫は身体を起こすと、擂粉木のように固い葎のそれに唇を這わせた。
「小猫……」
  葎の手が、優しく小猫の髪を撫でつける。
「くぅっ……んっ……」
  小猫が舌を使って葎の雄を根元から舐め上げていく。口の中に入りきらない分は、両手で包み込むようにして揉み上げた。
「……俺、早く葎が欲しい」
  と、小猫。
  葎の先端からは青臭く、苦いものが溢れ出してくる。小猫は躊躇わずに次々とそれを飲み下していく。
「小猫、もういい」
  葎が優しく言い、大きな手で小猫の顎を撫でる。
「本当か?」
  小猫は嬉しそうにぱっと顔を上げ、葎の上に跨った。小猫の雄は少し前から先走りの液を溢れさせ、痛いほどに張り詰めていた。尻のほうがてかっているのは、葎がその先走りの液を指ですくって蕾へとなすりつけていたからだ。
「ゆっくりと降ろせよ」
  葎が言う。
「わかってるって」
  小猫は葎に言われた通り、慎重に腰を降ろしていく。蕾の入り口に、固い葎の雄が当たっている。
  葎は小猫の腰を両手で掴んで固定した。小猫が腰を降ろそうとするとぐい、と力を入れ、動けなくする。何度かそんなことを繰り返し、ついに焦れた小猫が今にも泣き出しそうな顔で懇願した。
「葎……入れてくれよ、葎……」
  上擦った小猫の声を合図に、葎の雄が、少年の尻を割り裂いていく。
「あぁ……葎……」
  ずるずると葎の雄は、小猫の中に収められていった。内壁をこすり、腸へと届きそうな勢いで、葎の雄は飲み込まれる。その合間に葎は小猫の腰を揺さぶり、時に下から突き上げ、華奢な背を何度もしならせた。
「辛くはないか、小猫」
  小猫の中に一旦自身をすべて収めてしまうと、葎は今度は小猫の雄に手を伸ばし、翻弄し始めた。
  ざらざらとした葎の掌で包まれると、それだけで小猫は喘ぎ、腰を揺らめかせてしまう。葎の手はそれだけでは許してはくれず、くい、と小猫を掴むと激しく手を上下した。
「あっ、あ、あ……んっ……ん、ぁっ……」
  後ろへ倒れこみそうになりながらも小猫は、雄の先端から白濁した液を溢れさせる。尻の穴がきゅっと締まり、葎を強く締め付けていく。
「葎……葎、もっと……ぁ……あああっ──」
  悲鳴のようなか細い声を放ちながら、小猫は達していた。葎はそのまま腰の突き上げに激しさを増していく。
「ああっ……はっ、はっ……あ……葎、もう……!」
  がしがしと腰を揺さぶられ、突き上げられ、小猫は華奢な身体を毬のように弾ませ、背をいっぱいに反らせた。
「くぅっ……」
  葎が小さく呻き、その瞬間、小猫の中に熱くドロドロとした液をぶちまけた。



  情交の後の気だるさが、小猫は好きだった。
  葎のものは大きく、まだ小猫の手には負えない代物だったが、それでも受け入れれば快楽を感じることが出来た。翌日には足腰が立たなくなることを忘れてしまうほど、葎が愛しかった。葎に愛され、何もかもわからなくなるほどに蹂躙されたかった。
  うとうととまどろみながら、小猫は隣に眠る葎の体温を感じていた。
  指を動かすと、葎の頬に触れる。
  そのままそっと指で輪郭をなぞり、唇に触れる。
  葎はいつも、静かに眠る。聞こえるか聞こえないかの微かな寝息に、小猫は時折、不安を感じる。もしかしたら自分の隣に眠っているのは、人間ではない別の生き物なのだろうか、と。
  小猫の指が葎の下唇をなぞり終えた時、葎がぱっと目を開いた。
「眠れないのか、小猫」
  尋ねながら身体を横にし、小猫の顔を覗き込む。
「葎の接吻があれば、眠れると思う」
  小猫は恥ずかしげもなくそう返すと、口元に微かな笑みを浮かべた。
「それでは……」
  葎はついばむように小猫の唇を吸い、舌先でぺろりと唇をつつく。
  小猫は目を閉じ、葎の唇を感じた。
  彼がいるから、自分は強くなれるのだと思った。
  こんなにも激しく愛してくれる葎がいるから、小猫は……。



  いくつもの接吻を唇だけでなく全身に受け、小猫の体の芯が再び昂ぶりだす。
  今夜は帰ることは出来ないな、と小猫は思う。
  いや、もしかしたら明日も……。
  葎の接吻は小猫の思考能力をことごとく奪っていく、麻薬のようなものだから。
  目を開けて、小猫は愛する男の姿をしっかりと目に入れた。
「もっと……葎、もっと接吻を……」
  小猫の欲情した囁きは、葎の口の中へと静かに消えていったのだった。



──END──
(H13.11.10)



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