魔界の宴

  ディーズリークの鱗の肌は、自身のものとニパのものとが入り混じった精液でてらてらと光り、銀青色に反射していた。
  ニパは主の力強い体に組み敷かれながら、隙を窺っている。
  いつなら、自分が優位に立つことができるか。いつであれば、彼の存在をこの魔界から消し去ってしまうことができるかを。
  物言わぬ人形となった低級妖魔ニパは、それでもなお高位の妖魔ディーズリークの気に入りだった。しかしニパのほうは、かつての恋人エナイを目の前で殺されて以来、ディーズリークに対する激しく燃え盛る憎悪の炎を胸の内に抱え込むようになっていた。
  もちろんディーズリークはそのことを知っている。知ってはいたが、これまでのニパの様子ではディーズリークに刃向かうことなど出来そうにもなかった。
  ニパは、怒りの炎を胸の奥底で灯すと共に、自己の意識もまた、同じところに閉じ込めてしまっていたのだ。



  主の拘束を逃れてニパは、魔界の花の咲く川辺へやってきていた。
  ここはいつも、ニパの心を落ち着けてくれる。何よりも魔界の花は、ニパの精神を穏やかにしてくれた。
  かつて魔界の花は、ニパを生み出した。
  ある日、突然、ニパは生まれてきたのだ。魔界の花の茎のあたりが妊婦のように膨らみを帯び、その部分を守るかのようにして花弁が塞がったのはいつのことだったろうか。花弁はゆっくりと膨張し続け……それから、静かに弾けた。花の中には裸体のニパが眠っていた。だからニパは、魔界の花のそばにいる時がいちばん寛ぐことができるのだ。
  花の強く甘ったるいかおりを嗅ぐと、それだけでニパはうっとりとしてしまう。
  恋人のエナイを失った今、ニパには魔界の花だけが唯一、情愛を注ぐことのできる存在だった。
  魔界の花はグロテスクで、艶かしく、妖しい。紫色の醜悪なぶ厚い花弁を持ち、花の中心からは深い緑色の蜜が常に溢れ出していた。また、花の中心からは甘ったるい強い香りがし、側に近寄るものなら何でも花の中に取り込み、摂取しているようだった。昆虫や小動物はもちろん、誤って花の香りに惹き寄せられてくる何も知らない妖魔や人間までもを食した。
  さらに魔界の花には何がしかの知性の欠片のようなものがあるらしく、ニパのことだけは解るのか、彼が花のそばに近付いても取り込まれてしまうということはなかった。
  ニパはしばしば、主であるディーズリークの目を盗んではこの花の咲く場所へ足を運んだ。
  エナイの面影と、楽しかった過去の記憶に浸るために。
  そうすることでニパは、ディーズリークに対する憎悪を募らせた。
  いつかきっと──心の奥底で燻り続けるその思いをさらに激しく燃え上がらせ、ニパは考え続ける。いつかきっと、ディーズリークの寝首を掻いてやろう、と。
  そうして。
  仮に主の命を奪うことが出来るとして。
  その後、ニパは自分がどうしたらいいのか、どうすべきなのかが解らなかった。
  いったい、自分はどうなってしまうのだろう。上位の妖魔ディーズリークの存在をこの魔界から消した後、ニパという存在はどうなるのだろうか。他の上位の妖魔によって罰せられるのだろうか。それとも、命を奪われるのだろうか。
  どうなるのかは解らなかったが、それでもニパは密かに、心の奥底に留めていた。
  いつか……機会があれば、必ず、いつか、ディーズリークの存在をこの魔界から消滅させてやろうと。
  エナイの命を奪った報酬を、そうすることで支払ってもらうのだ。
  これでおあいこだ。
  エナイと、ディーズリーク。
  どちらもニパにとっては、同じぐらいに等しい立場であったから。



  主の褥に呼び寄せられたニパは、いつものように無感情な顔つきで姿を現した。
  ディーズリークは壊れ物を扱うかのように大切に大切にニパをベッドにうつ伏せにさせると、いきなりその尻を割り開いた。
  ニパは、何も言わない。何も反応しない。ただじっと、人形のように主にされるがままになっているだけだ。
「どうだ、たまには声を出してみせてくれぬか?  以前のように、艶やかな声で鳴いてみるがいい」
  前戯もなしに、ディーズリークはニパの蕾に押し入ってきた。一瞬、ニパの身体がピクリと反応する。が、ぎゅっと唇を噛み締めただけで声は出さなかった。
「強情だな、お前は」
  しかし、そこがまたディーズリークの心をそそるのだ。心を開かないニパを我が物にした瞬間の恍惚感に浸りたいがために、ディーズリークはニパのこの態度を許している。
  すべては、そのためだけに。
  だから、本当はニパが簡単に折れると困るのだ。ニパが簡単に音を上げるようなことでは、楽しみが半減してしまう。
  ディーズリークはゆっくりと、焦らすように腰を蠢かした。
  しばらくそうしておいて、ニパの身体が慣れてきたところでずるりと竿を引きずり出した。ニパの尻の穴がひくひくとひくつき、すぼまるのを視姦する。
  ニパの身体は確かに反応していたが、快楽方面での声は一つとして洩らさなかった。なかなかのものだとディーズリークは密かに思っていた。その強情さがどこまで続くものかを見てみたいという気になってしまう。もっとも今までのところ、そう酷いことはしていないのだが。
「……そうだな。たまには変ったことをしてみるのも一興、か」
  ふと思いついたように、ディーズリークは呟いた。
  これまでディーズリークは、ニパを相手にする時に妖術を使ったことはなかった。妖魔の中には褥で妖術を使って伽の相手に快楽を与える者もいると聞く。ディーズリークが過去に夜伽の相手をさせてきた者の中にも、そういった妖術で快感を得ることで興奮を覚えるものもいた。ディーズリーク自身は快感を得ることが出来るのならばどちらでもよかったが、急にふと、ニパに妖術を使ってみたらどうだろうかという思いに捕らわれてしまったのだ。
  ディーズリークは軽く指を鳴らした。
  部屋の中に霧が立ち込め始める。ディーズリークが作り出した、乳白色の幻だ。
  そうして。
  その中からゆっくりと姿を現したのは、ニパの愛したエナイだった──



  エナイは雌雄同体の淫魔だ。青白く儚げな肌と、羽虫のように薄く透き通った四枚の羽を持つ、低級の淫魔。その美しさは上位の妖魔にも引けを取らないほどだったが、エナイが生きている間、上位の妖魔に属したことは一度しかなかった。
  その上位の妖魔とは、ディーズリークのことだ。
  ディーズリークはかつて、エナイの見ている前でニパを犯した。その後、ニパはエナイと共にディーズリークの愛人となった。しかしエナイのほうは、ディーズリークの手によって魔界のはるか彼方にある嘆きの塔へと幽閉されたのだ。
  ニパはエナイを愛していた。二人が引き裂かれて別々の場所で過ごさなければならなくなっても、それでもニパは、エナイを愛し続けた。
  ニパは妖魔というよりも妖精的な穏やかな感情を持っていた。そのためか、離れ離れになってさえニパは、エナイのことを想い続けていたのだ。普通の妖魔ならば、とうの昔に過去の情人のことなど忘れているはずだ。大部分の妖魔が刹那的な快楽の日々を送っているのに対して、ニパは妖精臭いというか人間臭いというか、とにかく、圧倒的大多数の妖魔がそうであるような妖魔的な部分はあまり持っていなかった。それはもしかしたら、ニパが魔界の花の中から産まれ出たことに由来するのかもしれない。
  ディーズリークの作り出した幻想のエナイは、妖しい笑みを浮かべながらニパの手を取った。
  言葉はなかった。
  エナイがゆっくりとニパの唇を奪い、貪り始める。
  生前と同じ、いやそれ以上に艶かしいエナイにもニパは口をきこうとしなかった。が、エナイの淫猥な手つきに次第に緑色の瞳は細められ、口元は早くもだらしなく半開きになってきている。
「どうだ、昔の恋人との逢瀬は。お前が望むならいつでも、この者の幻と抱き合うことができるようにしてやっても良いのだぞ」
  ディーズリークは低く呟くと、ニパを見下ろす。
  褥の中でニパは、幻によって与えられる快楽の波に翻弄されていた。ディーズリークが触れてもいないのにニパの雄蕊は勃ち上がり、甘くて濃厚な香りを放っている。先端は先走りの液が溢れ出しており、本格的にニパが乱れだすのは時間の問題のようにも思われた。
  過去に幻の恋人は、どんな風にニパを抱いていたのだろう。ディーズリークはそんなことを考えながら、ニパへの愛撫を再開する。
  幻の恋人に抱かれているためか、ニパの感度は随分とよくなっているようだ。ディーズリークがニパの雄蕊に軽く触れただけで、切なげな吐息を次々と洩らし、瞳を潤ませる。
  ディーズリークはゆっくりと、ニパの全身を順番に愛撫していった。



  デーィズリークの褥でニパは、夢と現実の狭間を彷徨っていた。
  エナイとディーズリークの二人に犯されているこれは、いったい現実なのだろうかと思わずにはいられない。
  確かにあの時、エナイは死んだはずなのに。それなのにこの、確かな感触。触れると、どくどくと脈打つエナイの心臓。あたたかで滑らかな舌は、ニパの雄蕊を優しく舐め回した。
「あっ……あっ、エナイ……エナイ……」
  エナイの頭を抱えて声を上げるニパの背後に、いつの間にかディーズリークが忍び寄っていた。
「ようやく素直に鳴くようになったな」
  耳元で囁かれ、それだけでニパは産毛がざっ、と逆立つのを感じた。
  生きている時よりも数段は妖しく、艶かしくなったエナイの愛撫にニパは翻弄され、びくびくと身体を震わせる。声を出すまいと堪えようとすると、余計に声が出てしまう。
  満足そうにディーズリークは唇を舐める。ニパの背後から抱きかかえるようにして腕を回し、片手で乳首をきゅっとつまみあげた。もう片方の手は、ニパの尻を行きつ戻りつしている。
「それ、もっと鳴いてみせよ」
  ディーズリークはそう言うと、つまみあげたニパの乳首に軽く爪を立てた。
「…ひっ……ぁんっ」
  背後のディーズリークから逃げようとニパが身体を捩ろうとすると腰が引け、それを見たエナイが雄蕊に歯を立て、悪戯をするかのように舌先でちろちろと先端をもてあそぶ。
  思考を剥ぎ取ってしまいそうなほどの強烈な感覚に、ニパはひくひくと喉をひくつかせた。とめどなく嬌声があがり、煮えたぎる熱さのディーズリークを受け入れたがっている身体の奥底は、幾度となく収縮を繰り返す。
「入れて……入れて、ディーズリーク様……主様、入れて……」
  うわ言のようにニパが懇願を繰り返す。
  そのうちに耐えられなくなったのか、ニパは自分で腰を揺らめかせながらディーズリークの力強い腕にしがみついていく。ディーズリークはニパの尻に自身をなすりつけ、ゆっくりと上下させた。
「あぁっ……ふぁっ、んっくぅ……」
  がくがくする膝のまま膝立ちの姿勢になるとニパは、デーィズリークのほうへ尻を突き出した。もう、我慢できなかった。
  ディーズリークはニパの身体の奥へ一気に自身を突き立て、がしがしと揺さぶる。
「主様、主様…──」
  激しく揺さぶられながらニパは、四つん這いになる。それを見たエナイがするりとニパの身体の下にもぐりこんできた。 二人から同時に前と後ろを刺激され、ニパは狂ったように声をあげ続けた。
  次にニパが意識を取り戻した時には、ニパの身体の中にディーズリークのものとエナイのものとが一緒に入ってくるところだった。
  これまでにないほどの圧迫感と、恐怖。
  真鍮の鋳型を挿入されたことはあったし、それと同時にディーズリークのものを受け入れたこともある。しかし、それ以上にニパが恐怖心に駆られたのは、エナイの性器だった。ディーズリークが作り出した幻想のエナイは生前と同じく雌雄同体ではあった。が、男性性器がディーズリークのもの以上に誇張された大きさになっていた。ディーズリークのものとエナイのものとを同時に身体に受け入れるということは、それだけニパにかかる負担も大きいはずだ。いや、それ以前に、ニパの身体の中にすんなりと収まるのだろうか、二人分のものが。
「うっ……くぅっ……!」
  込み上げてくる吐き気よりも、下半身に走る痛みのほうがわずかに勝っていた。
  ニパの尻は二人分の質量のものを飲み込んだことで鮮血と、それまでに体内に受け止めた精液とで濡れそぼっている。
  逃げられない──この状況から、主であるディーズリークからは逃れることができないのだと、心のどこかで諦めにも似た感情が渦巻いている。その感情には、わずかな期待と恍惚感とが含まれてもいる。
  ニパはきつく目を閉じた。
  唇を噛み締めると、歯で傷をつけてしまったのか端のほうに血が滲む。
「…ああっ……主様……熱い、熱い、熱い……」
  息を吸って、吐いて、それからまた吸って、吐いて。
  とめどなく溢れる嬌声の合間になんとか息継ぎをして、ニパは耐えた。
  ディーズリークの仕打ちに。この、いつ終わるとも知れない快楽の波に。今はもう失ってしまった、愛するエナイのために。



  焼け切れそうな熱い感覚が尻のほうで続いている。
  下半身を襲う気だるさに、ニパはもう何度目になるのかもわからなくなってしまった絶頂感が再びやってくるのを感じていた。先走りの液が甘ったるい魔界の花の香りとなってニパの鼻をつき、おかげで、はっと我に返らされた。
  ディーズリークの上に馬乗りになったニパは、下からの痛みを伴う突き上げを受けている。気を失ってぐったりとしている間、そんなニパの身体をエナイが正面から支えていたらしい。支えながらもエナイは、ニパの雄蕊を女性器で喰らっていた。
  ニパは拳を握り締めると、また開いて、躊躇うことなくエナイの喉に手を回した。
  幻想が生み出したエナイは、ニパの精液がその身体の中に流れ込むのと時を同じくして、「ひゅっ」と小さく喉を鳴らしてぐったりとしてしまった。
「おや、もう壊れてしまったのか」
  後ろから二人の様子を眺めて楽しんでいたディーズリークは、感情のこもらない声でぽつりと呟く。下半身はまだ繋がったままだ。それからそのままニパの腰を鷲掴みにし、きつく揺さぶった。
「あぅっ……はぁっ、ん、くっ……」
  逃げようとする腰をさらに深く串刺して、ディーズリークは一心不乱に腰を揺さぶる。
  悲鳴のような嬌声をあげながらニパは、魔界の花を頭に思い描いた。
  ニパをこの魔界に産み出した、魔界の花。何もかもを喰らい尽くす、食肉花。厚ぼったい醜悪な花弁に、触手のように自在に蠢く長く伸びた茎。
「ああぁっ……!」
  助けてくれ、と、声に出さずにニパは心の中で叫んだ。
  エナイをこの魔界から消滅させたディーズリーク。ニパの身体を我が物顔で蹂躙する、上位の妖魔。憎悪の対象でしかないこの妖魔を、魔界から消滅させてくれと、ニパは心の中で声を限りに叫んでいた。
  その瞬間。
  魔界のどこかで扉の軋む音が響き、永らく続いてきた均衡がガラガラと崩れ落ちていったのだった──



  明るい陽光の下でニパは目を覚ます。
  ここはどこだろうとあたりを見回すと、あの醜悪な花がもうおなじみになってしまった甘ったるい芳香を放っているのに気が付く。
  立ち上がり、ニパはもう一度あたりをよく見回した。
  何かが違う。
  どこがどう違うのかはよくわからなかったが、この魔界が、さっきまでとは違う世界であるかのようにニパには思えた。
  それに、いつもより太陽が明るいように思える。
  今までも魔界の太陽は、こんなに煌々と照り輝いていただろうか?
  しばらくそんなことを考えながら立ち尽くしていると、妖魔の気配がした。
「お迎えに参りました、我らが主よ」
  ニパの背後に位置すると妖魔は、そう告げた。
  振り返ったニパの視線の先には、無防備に跪く上位の妖魔の姿。
「……ディーズリーク様なら、ここにはいない」
  少し考えてニパが言うと、跪いたまま妖魔は返答した。
「ディーズリーク様はつい先ごろ、消滅したではありませんか。何をおっしゃっているのです、ニパ様」
  そう言って少しばかり顔を上げた妖魔の顔は、どことなくエナイを髣髴とさせる目元をしていた。
「ニパ様。あなた様は、我ら妖魔の頂点に上り詰めた御方ではないですか。もう、お忘れなのですか?」
「──…妖魔の、頂点……」
  噛み締めるように呟いて、ニパは彼を凝視する。
「魔界の各地から力ある妖魔たちが集まってきております。それもすべて、一目あなた様を見んとせんがため。あのディーズリーク様を魔界から消滅させた力をお持ちのあなた様こそ、我々妖魔の頂点に立つに相応しい御方。わたくしは、上位の妖魔ラドリールと申します。あなた様の第一の擁護者として、これからあなた様が何をしなければならないのかをお教えいたします」
  そして、してはならないことも教えてくれるんだろう──ニパの心の中の誰かが、密かに警告する。
  ニパは興味のなさそうな眼差しでラドリールから目を逸らし、唇を一舐めした。
「ここに……魔界の花のそばにいられるのなら、何もいらない」
  そう言うとニパは素早く身を翻し、魔界の花の中心に飛び込んだ。
「ニパ様!」
  ラドリールが手を伸ばしたが、それよりも早く花弁がニパを幾重にも包み込み、隠してしまった。
  ニパはそして、魔界の花の中で穏やかな眠りに就いた。



  眠りに就いたニパを抱え込み、魔界の花はまた少し、大きく成長したようだった。
  花のそばでは今でも、ニパの声がこだましているという話だ。
『何もいらないんだ……魔界の花のそばに、いられるのなら──』
  厚ぼったくも醜悪な花びらの中で、ニパは今も夢を見続けている。
  ニパと、エナイと、ディーズリーク。
  いつまでもいつまでも、ニパは幸せな夢を見続けている。



END
(H13.8.28)
(H24.6.14改稿)



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