魔界の風・後編

  愛人と見知らぬ若い下級妖魔とが契り合うのを見ていたエナイは、身体の奥で激しい渇望を感じていた。
  何故だか解らないが、あの若い妖魔と自分も契りたいと、そんな風に思ったのだ。
  エナイの手は知らず知らずのうちに自らの性器に伸びていた。
  雌雄同体のエナイは、男性性器と女性性器が混在している。胸は少年のように平らなものだったが、下半身の性器は確かに二種類の性を併せ持っていた。
  まるで雄蕊と雌蕊のようだと、そんなことを言われた覚えがある。
  しかし、いったい誰に?
  誰が言ったのだろうかと考えて……エナイは、そこで懐かしい既視感を感じた。
  ──そうだ。確かに誰かが言っていた。あれはそう、確か……
  頭では過去の記憶を手繰っているものの、両手は自慰行為に耽るのに夢中になっている。
  そのうちに何かが肌の上を滑るような感触がし、エナイはふと、我に返った。



  それは、魔界の花の茎だった。
  触手か蔦のようにのたうつ緑色の茎は、まるでそれ自体が意思を持っているかのようにうねうねと蠢きながらエナイに触れてくる。
「あっ……ぁ……──」
  びくびくとエナイが身体を反らすと、触手は面白がってその箇所を更に執拗に這い回った。
  最初は、おずおずと。それから触手は次第に大胆にエナイに触れてくるようになり、ついには犯そうという意志でもって。
「…やっ……ああっ……」
  逃げようと体勢を変えたエナイの陰唇の中に、触手が入り込んだ。太腿に巻きついた触手は、ずるり、ずるりとエナイの肌を犯していく。
「ひっ……」
  陰唇の奥へと向かって、触手が這いずり始める。
  見た目よりも太い茎はずるりと湿った音をたてながらエナイの内壁を伝っていく。ところどころ瘤のようになった部分がエナイの内側を擦る。いつの間にかエナイの前と後ろの両方に入り込んでいた触手は、前と後ろの瘤同士を内壁越しに擦り合わせるような動きをしてエナイを悦ばせた。その度にエナイはひくひくと喉をひくつかせ、そそり立ったものの先端に精液を滲ませて甘く掠れた声をあげた。
  触手に犯されながらエナイは、自分を見つめる下級妖魔の眼差しを感じていた。
  見られている。この痴態を。名も知らぬ少年が自分を見つめているのだと思うと、エナイの身体の芯はかっと熱くなり、自然と雄蕊と雌蕊から体液が溢れ出てくる。
  ディーズリークの艶めいた眼差しもまた、自分を見つめていた。絶頂の瞬間を思い起こさせる、蠱惑的な瞳だ。
「あっ……ふっ…ぅんっ……ディーズ……」
  手を差し伸べても、エナイが愛するディーズリークは助けてはくれない。ただじっと、エナイの醜態を見つめているだけだ。
「……や…っは、ぁ………」
  くちゅ、と音を立てたのは、エナイの男性性器のあたりだろうか。触手が亀頭の部分をじわりじわりと擦り上げることで、エナイのそこははちきれんばかりになっている。
「いや、やめて……やめさせて、ディーズ……」
  エナイが悲鳴をあげると触手はさらに執拗にその部分を責め、苛む。
  そうすることで、まるでニパの代わりに抑圧された想いを遂げようとしているかのようだった。



  ディーズリークは触手に犯されるエナイを興味深そうに眺めていた。
  魔界の花は元来、食肉花だ。住人を食すということは多々あったものの、この花が何らかの意志を持ち、淫魔を犯すところは初めて見た。いや、もしかしたら花本来の意志ではないのかもしれない。ニパの思考に共鳴して、このような行動を取っているのかもしれない。
  ディーズリークがニパを見ると、この緑色の肌の少年は、虚ろな眼差しでエナイを見ていた。手をいっぱいにエナイのほうへと差し伸べて、ディーズリークに犯されながらも友人を気遣っている。
  ふん、とディーズリークは鼻を鳴らした。
  ディーズリークが殊の外目をかけて面倒をみてやっていたニパは、いつまでたっても自分のものにならない。命じれば進んで身体を開くものの、エナイのように何もかもすべてをディーズリークに与えようとする真摯さと従順さはない。ディーズリークがエナイを捕らえているからこそニパは大人しく命令に従っているのだと思うと、面白くなかった。ニパとエナイの絆は、既にエナイ自身の手によって切られているが、ディーズリークには今ひとつ信用する気になることができないでいる。ニパが何かやらかすのではないかと、気になって仕方がないのだ。
  ニパの細い身体が自分の下で悦楽に浸って震えるのを感じながら、ディーズリークはその最奥を再び突いた。
  エナイの痴態を眺めているうちにディーズリークの中心で欲望が蘇り、いてもたってもいられなくなっていた。
「あっ……ああっ!」
  いっぱいに身体を反らせるニパの肩口を、ディーズリークはぎり、と掴み爪を立てる。そうしながらもディーズリークはニパのいいところを探り、いっぱいに突き上げる。
  ディーズリークに突き上げられ、ニパの身体もまた、絶頂へと向かって走り始めていた。ニパは、立ち上がってきた性器をディーズリークの腹に押し付け、擦り合わせるようにして腰を振っていた。
「…あぅぅっ」
  ニパの肩口から血が一筋、流れ出す。ディーズリークの爪が緑色の肌を傷つけたのだ。朱い朱い、ルビーのような鮮やかな血の色はディーズリークの目を引いた。その瞬間、ニパは再び絶頂を迎えていた。甘い魔界の花の香りにも似た濃い匂いがあたりに漂う。
  びくびくと震える華奢な肢体をディーズリークは突き放した。それから、自らの雄をニパの中から引きずり出す。ぬちゃりと湿った音がして、放出を始めたディーズリークは、ニパの腹の上に白濁した精液を飛び散らせた。



  エナイの身体はまだ、触手に犯され続けていた。
  何度も何度もイかされた。
  息をつく暇もなく、触手はエナイを責め上げている。
  ディーズリークはニパから身体を離すと、ゆっくりとエナイのほうへと近寄った。ディーズリークに散々嬲られたニパは動くことも億劫なのか、だらしのない格好のままぐったりとしている。
  蝋たけたエナイの肌は、オパールのように輝いて美しい。珍しいコレクションの一つとして他の妖魔たちに自慢するにはもってこいの品だ。
  しかし。
  ディーズリークが心の底から欲していたのは、薄羽を持つ雌雄同体の淫魔ではない。
  ディーズリークが欲しているのは、淡い緑色の肌の少年だ。野生の獣のような鋭い眼差しで抵抗の欠片を見せつける、細身の少年。いつもいつも、すんでのところでその心を掴み損ねてしまうのは、ニパの胸の内でエナイの存在が大きすぎるからだろう。
  ゆっくりと、ディーズリークはエナイの側に歩み寄る。
  目尻に涙を浮かべ、よがり続けながらもエナイはディーズリークに指を伸ばした。
「はっ……はぁっ………た……助けて、ディーズ……──」
  触手はエナイをベッドから浮き上がらせていた。供物を捧げる時のように恭しく触手はエナイを高みに掲げている。
  抱え上げられた格好のままエナイは足を開かされ、前からも後ろからも責め立てられていた。
「……やはり、お前は美しいな」
  ディーズリークはぽつりと呟く。
  感情のこもらない口調でそう言うと、エナイの鳩尾のあたりに指を滑らせる。
「ひっ……んんっ……」
  縋るもののないエナイは両手をぐっと握り締め、触手の愛撫に翻弄されていた。懇願するようにディーズリークに視線を向けるが、彼は一向にエナイを助けようとはしなかった。
「残念だ。お前を……失うのは──」
  ディーズリークは指先に力を込めると、エナイの腹に指を突き立てた。獣のようなディーズリークの爪が白い皮膚を食い破り、臓腑を鷲掴みにする。
「ぅぁあぁぁ……!」
  その刹那、エナイの絶叫は嘆きの塔を包み込み、あたりに響き渡った。
「──エナイ!」
  ニパは、身体を起こそうとした。が、動けなかった。股を開いたみっともない格好のまま、その場に張り付けられてしまったかのようだ。
  触手は尚もエナイを犯し続けた。息絶えた魂の抜け殻となってもしばらくの間、エナイの身体はびくびくと震え、雄蕊からは精液を溢れさせていた。
「これでお前たちは、すべてのしがらみから解放された」
  血に濡れたエナイの臓腑に口付けをし、ディーズリークはニパを見遣った。
  冷たい濃藍色の瞳が剣呑に光り、嘲笑う。
「──さあ、ニパ。お前の情人のために声を出すがよい。声を出して、ものを言ってみせよ!」



  肌寒い褥の中、ニパはディーズリークに犯されていた。
  いつものことだ。
  主のために股を開き、進んでその身を差し出す。
  ただ、それだけのこと。
  ただそれだけのことだが、ニパにとっては悪夢のような、永遠にも等しい瞬間。
  主がニパの最奥を突き上げるのにも、ニパは声を殺すようになった。すべては、エナイが魔界から消滅した日から始まっている。
  声を殺し、感情を殺し、冷たい眼差しで天井を見つめるニパは、ディーズリークの人形だと妖魔たちの間で噂されるようにもなった。
  そう。ディーズリークの執心の相手は今や、感情の失せた人形だった。
  特に目を引くような特徴もなく、夜伽の相手として充分な務めを果たすわけでもなく。他の下級妖魔と違うことといえば、分泌される精液が、魔界の花に似たかぐわしい香りだということだけ。
  ただそれだけのことなのに、何故、ディーズリークのような力ある妖魔が夢中になるのか。
  ディーズリーク自身、不思議に思っていた。
  自らの手でニパを壊してしまっておいて、尚も執着してしまうのは何故だろうか、と。
  おそらく…──と、ディーズリークはぼんやりと思う。
  手に入らないから、求めてしまう。狂おしいほどにただがむしゃらに追い求め、欲望のままに犯し、蹂躙する。そうすれば、ニパのすべてが手に入ると思っているかのように。いやそうすることでしか、ニパの気を引くことができないのだ、ディーズリークは。
  ニパを犯しながらディーズリークは、頭の中に魔界の花を思い浮かべる。ニパの大好きな、魔界の花。ニパを孕み、産み落とした意思ある花。
  きっと今ごろ、あの花は成長していることだろう。
  エナイの恐怖とニパの憎悪、そしてディーズリークの狂気を糧に、緩やかながら魔界の花はまた、一回り大きくなっていることだろう。



END
(H13.7.8)
(H24.6.14改稿)



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