長い夜

  真夜中の宙行場は色取りどりのネオンが煌き、まるで昼間のように賑やかで明るい。
  レパードは運び屋から受け取った小さな紙の包みをジャケットの内ポケットに突っ込むと、ネオンの狭間を縫って船へと向かって走り出す。
  相棒のイグナスが待つ安全な場所、唯一の安らげる場所へと向かって。
「いたぞ、あそこだ!」
  警備兵の声が後方から聞こえる。
「捕まえろ!」
  レパードは兵士たちの声を背に、走り続けた。
  船に乗り込んでしまえばこっちのものだ。手際のいい相棒のことだから既に離陸許可を管制塔から得ているはずだ。レパードが船のハッチに飛び込むと同時にこの星とはおさらばできる。
  走りながらレパードは、後方の警備兵をちらりと振り返った。
  一人、二人、三人、四人目はサイボーグ……いや、アンドロイドか?
  レパードは走る。
  走りながらレパードはチップ型の小型爆弾を仕掛けた。きっかり十秒後に爆発音が響き、警備兵の一人は完全に片付いた。もう一人は、利き腕に傷を負ったようだ。
  人間が一人と、アンドロイドが一体……頭の中で計算をしながら、レパードは走る。逃げられなければ、それまでだ。運び屋を始めた時からレパードは、命など捨てたものと思っていた。だから相棒には、新しもの好きの曾祖父が遺したアンドロイドを選んだ。
  相棒の名はイグナス。イグナス=トレドール・オート・PVシステム。トレドール社自慢の最新モデルのアンドロイドだ。
  アンドロイドが相棒なら、レパードを裏切ることもないだろう。人間と違い、アンドロイドならレパードを常に全力で守ってくれもするはずだ。レパードにしてもイグナスは、安心して命を預けることの出来る唯一の相手だった。
  倉庫と倉庫の間の狭い通路を通り抜けると、背の高い柵が見えてくる。一般の立ち入りが許されるエリアと柵の向こう側にあたる発着場との間には、微弱ながらも電流が常に流されている。ご丁寧なことに上の方には有刺鉄線が巻き付けられ、発着場への抜け道が用意されているように見えないでもない。
  密航者を煽る作りだなとレパードは密かに思いながら、用意してあった耐電性のグローブを手にはめる。この柵を越えさえすれば、後はどうとでもなる。相棒は、レパードが船に戻るのを今か今と待ちかまえているはずだ。
  柵を登り切ったところで、兵士たちの声が聞こえてきた。威嚇射撃の銃弾が降り注ぐ中、レパードは全速力で、この広い発着場のどこかで待機しているはずの自らの機を求めて走り出した。



  警備兵は、応援を待ってレパードを捜索しにかかるだろう。
  上層部の人間たちは、優秀な犬型アンドロイドを導入し、レパードの臭いの跡を追わせるかどうかの検討をしてもいた。
  しかし最初から警備兵たちと一緒に行動していたアンドロイドは、レパードの後を確実に追っていた。
  アンドロイドの間違いは、ただ一つ。
  自分が現在、レパードの後を追っていることを仲間の警備兵たちに知らせなかったことだ。
  アンドロイドは有刺鉄線の柵をなぎ倒し、発着場に入り込んだ。
  足音もなく素早い動きで彼は、レパードの背後に迫った。いくつもの倉庫が建ち並ぶ区画をまるでネズミのようにちょこまかと逃げるレパードの跡を追うのは人間には骨でも、アンドロイドには簡単なことだった。
  おまけにレパードは、すぐ後ろに迫ったアンドロイドの気配に微塵も気付いていない。
「──…捕まえたぞ!」
  ひょいと手を伸ばし、アンドロイドはレパードの首根っこを掴み上げた。
「レパード・テイラー、十八歳。性別、男。運び屋……だな」
  無機質な冷たい声で、アンドロイドは確認した。
  アンドロイドに捕らえられたレパードは返す言葉もなく、ただただ憎々しげに機械人形を見上げるばかりだ。
「……」
  レパードが黙りこくっていると、アンドロイドは彼の頬を張り飛ばした。小気味のよい音がして、レパードの耳の奥がジン、と痺れたようになる。
「返事をしろ、運び屋レパード」
  一度は地面に倒れ込んだレパードは四つん這いの姿勢のまま、アンドロイドを睨み上げ、言った。
「人違いだぜ、お人形さん」
  言った途端にレパードの脇腹にアンドロイドの蹴りが入る。
「ぐっ…うぅぅ……」
  レパードが脇腹を押さえて地面の上を転げまわると、アンドロイドは面白そうに背といわず腹といわず、レパードの全身を蹴りにかかった。しばらくしてレパードがぐったりして反抗する気も失せてしまうと、今度は腕を掴み上げ、ずるずると地面を引きずり始めた。
  アンドロイドは目に付いた倉庫のドアを無造作に蹴破ると、中にレパードを投げ込んだ。
  倉庫の床に、レパードの背が擦れる。苦しそうにうめきながら体を丸め、レパードは咳き込んだ。口の中には鉄の味が広がっていた。脇腹が痛むのは、もしかしたらあばらのどれかが折れているのかもしれない。
  倉庫へ投げ込まれたレパードは、それでものろのろと顔を上げた。悠々とした足取りで近付いてくる警備アンドロイドは、相棒のイグナスと同じ、オート・PVシステムを搭載したトレドール社の最新のアンドロイドだ。
  無表情で、無慈悲で、賢いアンドロイドはゆっくりとレパードに近付いた。
  地獄の使者かもしれない…──レパードはそんなふうにふと思い、アンドロイドの顔を覗き込んだ。
  にやりと、アンドロイドが笑う。
  それからアンドロイドは勢いよくレパードのズボンのベルトを引き千切った。バックルが飛び、コンクリートの剥き出しの床の上をからからと甲高い金属音を立てながら滑っていく。高かったのにと、レパードは少しむっとなった。
「お前……このまま仲間と一緒に輪姦してやってもいいが、売りに出しても面白いかもしれないな」
  アンドロイドが喋ると、機械のきしむ音がどこからともなく洩れ聞こえてきた。オイル切れの兆候だ。あまり手入れはされていないらしい。
「どっちも楽しそうだ」
  と、アンドロイド。
「どっちもご免だぜ」
  レパードが言うと、また頬を張り飛ばされる。
「今の自分の状況をよく考えてものを言うんだな」
  アンドロイドはそう言うと、レパードの股間を掴み上げた。
「あぅっ……!」
  レパードが脂汗を浮かべて痛みに耐えるのを、アンドロイドは無表情に眺めている。
「今からトレドール社の最新技術の結晶と言われているPVシステムとやらを試してやるから、ありがたく思え」
  アンドロイドの手が、指が、握り締めていたレパードの股間のものを愛撫し始めた。
  トレドール社の新しいアンドロイドに搭載されたPVシステムは人間とまったく同じ微妙な動きをトレースしていると言われている。噂では、PVシステムを搭載しているアンドロイドは、人間との性交が可能だという話だった。
「やめろ……お前のような機械ヤロウに、誰が……──」
  そう言ってレパードはアンドロイドに唾を吐きかけた。
  アンドロイドは口の端をひきつらせてにやりと笑うと、言った。
「その言葉、後で後悔することになるぞ」



  レパードは裸で、手には電磁手錠をかけられていた。微量の電流が流れている手錠だったが、それでも充分に手錠をかけられた者の思考力と抵抗とを奪い取る役目を果たしていた。もちろん、それでも逃げようとする者もいたが、そういう場合には大量の電流が逃走者の腕を伝って身体中を駆け巡る仕組みになっている。電流は、逃走者の脳波を感知して自動的に通電されるようになっている。
  電磁手錠のせいでレパードはぐったりとなっていた。
  逃げなければと思うのだが、身体に力が入らず、動くのが酷く億劫だ。
「さっきの勢いはどうした」
  アンドロイドが言う。
  レパードはアンドロイドの顔を見上げるのが精一杯だった。それが今のレパードに出来る、唯一の抵抗だった。
「お楽しみはこれからだ」
  アンドロイドはそう言うと、レパードの両足首を掴み上げ、限界まで開脚させた。
「や…め……」
  腹に力が入らず、声も思うように出てこない。
  それを見てアンドロイドは、嬉しそうに口許をひきつらせる。
「みっともないな。さっきはあんなにも暴れていたのに……」
  剥き出しの股間を揉みしだかれ、レパードはぎゅっと目を閉じた。
  電磁手錠のせいで身体中がびりびりと震えている。そしてその合間にも、ゆっくりと快感が這い上がってくる……。
「……あっ………」
  人間の唇よりも冷たいアンドロイドの唇が、レパードの太股を何度も掠める。
  その感触に翻弄されながらもレパードは頭のどこかで思っていた。
  ──こんなんじゃない。トレドール社のPVシステムは、こんなお粗末なものじゃない。あいつは……イグナスは……
「人間というのは哀しいな。相手が機械だろうと敵だろうと、こんなにすぐに欲求に忠実になることができるのだからな。惨めな生き物だ」
  レパードのそそり立つものに指を絡ませ、撫で摩りながらアンドロイドは言った。
「う…く……んっ……」
  びくびくとレパードの身体が痙攣した。アンドロイドの指が愛撫を繰り返しながら尻のほうへと伸び、レパードの小さな穴に辿り着いたからだ。
  アンドロイドは指でレパードのその部分を確認すると、自らの股間を曝け出し、レパードへの強引な挿入を試みた。
「ひっ……」
  激しい、切り裂かれる時のあの痛みがレパードの身体中を一瞬、駆け抜けた。痛いだけの、何の悦びも感じない、挿入。レパードは何とかアンドロイドから逃れようとしたが、強い力で押さえつけられているのと、電磁手錠のせいとで身を捩ることも至難の業だった。
「このまま犯り殺してやる」
  そう言ってアンドロイドは、いきなり腰を激しく揺らし始めた。
  鈍痛がレパードを襲い、彼は声にならない悲鳴を上げた。
「ぃや…だ………やっ……ああ……!」



  相棒を捜しに来たイグナスは、レパードの声をこの場所からそう遠くないところに認識した。
  どこだ?──あたりを見回し、発着場の隅のほう、ずらりと並んだ倉庫に目をやる。声は、そこから聞こえてきていた。
「レパード……」
  あそこにいるのか?  足音を消して、イグナスは倉庫へと近付いていく。
  蹴り破られ、外れかかった扉に手をかけた刹那、中からレパードの声が一際大きく、響いた。
「あっ…うぅっ……あっ、あっ、あっ……はあぁ……!」
  イグナスは片手で扉を引きちぎった。まるでベニヤ板か何かのように軽々と投げ捨てると、中に入っていく。
  薄汚い倉庫の隅で、レパードは犯されていた。手には電磁手錠。足の間に白濁したものと血をこびりつかせ、イグナスから見るとあまり古いほうではないアンドロイドにのしかかられ、醜態を晒している。
「──みっともないぞ、レパード」
  イグナスは言いながら、二人のほうへと足を踏み出す。
  アンドロイドはレパードから性器を抜いた。ぐちゅりと湿った音がして、レパードの雄から溢れ出して尻まで伝っていた精液が糸を引き、アンドロイドの着ていた衣服にへばりついた。
「トレドール社の作品にしては、あまり出来がよくないようだ」
  と、イグナス。
  警備アンドロイドは無表情のまま、イグナスをじろりと一瞥した。互いに距離を詰めながら、近付いていく。
  先に行動を起こしたのはアンドロイドのほうだ。スティックと呼ばれているスタンガンタイプの警棒を取り出すとメモリを最大限にし、イグナスに向けた。
「レパード・テイラーの犬か……番犬気取りでのこのこと姿を現したのが運のつきだな」
  アンドロイドはそう言って、イグナスに飛びかかっていった。
  が、イグナスのほうが一瞬早く動いた。彼は突き出されたスティックごと、アンドロイドの腕をへし折った。スティックを握ったままのもぎ取られた腕が、床の上を転がる音が倉庫に響く。
「番犬の役目が何だか知っているか?」
  イグナスは、冷たい機械じみた笑みを浮かべた。
「──…主人を守ることだろう?」
  腕を折られ、一時的に身体のバランスを崩し、床に膝を着いたアンドロイドが答えた。まだ戦う気なのか、機械の瞳は油断なくイグナスの一挙一動を見つめている。
「お前のような安物には、百年かかっても解らないだろうさ」
  イグナスはそう言うと、先程、足元に転がってきたスティックを手に取った。
「スティックをお仲間に使うのは始めてだ。どんな風に感じるのか、しっかりと見せてくれよ」
  イグナスはそう言うと、アンドロイドの眼球にスティックを突き刺し……何度も何度も、串刺しにした。
  トレドール社のPVシステムには、痛覚等の感覚を擬似的に体感できるシステムが組み込まれている。アンドロイドはわめき、叫び、のた打ち回った。眼球はひしゃげ、その奥から導線やプラスティックの疑似骨格や赤く色付けた体液のようなものが流れ出した。
  イグナスは最後に、スティックをアンドロイドの額に突き刺した。額の奥にあるAIチップを破壊してしまえば、アンドロイドは二度と起き上がることができなくなる。念には念を入れてチップを粉々に握り潰してから、イグナスは相棒のほうへと目を向けたのだった。
「……みっともないぞ」
  そう言ってイグナスは、着ていたジャケットをレパードの肩にかけた。
  それから電磁手錠を易々と引き千切り、まだ身体に痺れが残っていてろくに動くことのできないレパードを抱きかかえると、自分たちの船へと足を向ける。
「悪いな……」
  レパードは呟いたが、イグナスは答えなかった。



  安心できる場所に戻ってきたと、レパードはほっとしていた。
  自分たちの船のハッチを潜り、イグナスに寝室へと連れ込まれてやっと、レパードは肩の力が抜けたようだった。
「……それで、ブツは?」
  と、自動操縦を設定し終えたイグナスが、寝室の入り口に姿を現す。これで次の目的地に到着する直前までは、何もすることがなくなった。
「ああ、バッチリさ」
  ベッドに寝転んだままのレパードはそう言ってぎゅっと握り締めた手を差し伸べる。
  イグナスが近付いていくと、レパードは不意に相棒の首に腕を回した。
「──どこに隠したと思う?」
  甘い、甘い、誘いの囁きとくすくす笑い。
  イグナスは無表情なまま、レパードをベッドのスプリングに押し付けた。
「どこに隠した?」
  悪戯っぽくレパードはイグナスに口付けを求めた。
  イグナスの唇は冷たかった。アンドロイドの唇よりもさらに冷たく、まるで氷のようだ。そのくせ、驚くほど激しい……。
  イグナスは舌でレパードの歯の裏を丹念に愛撫した。互いの舌が絡まり、口中を蠢いた。二人の顔が離れると、さらさらとしたイグナスの体液がレパードの口の端からたらりと零れ落ちた。
「予定通りに」
  レパードは言いながら、相棒の衣服を丁寧に剥ぎ取っていく。
「スツールのいつもの場所か?」
  尋ねるイグナスの指は優しくレパードの身体を愛撫し始める。これから訪れるはずの歓喜に身を震わせ、レパードは微かに頷いた。
  そこから先は、言葉などなかった。
  イグナスはたっぷりとレパードを泣かせ、ぐったりする頃合いを見計らって激しく突き上げた。
  レパードは、ここは安心できる場所だと、心の底から思わずにはいられなかった。
  相棒のイグナスがいて、船があって、愛し合えるベッドがある場所。
  しばらくすると安心したのか、レパードはイグナスの隣で微かな寝息を立て始めた。



  次の目的地までは十日以上かかる。
  これならたっぷりとイグナスと愛し合うことができるとレパードは、夢見心地に小さく微笑む。
  船はまだ、宙行場を飛び立ったばかりだった──



END
(H12.9.3)
(H24.3.11改稿)



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