『睦夜<弐>』

  同じ布団の中にいてさえ、公月は何もしなかった。
  小猫は始終、晶文の愛撫に翻弄された。
  それならそれで構わないと、小猫は思った。晶文になら、抱かれても構わない、と。
  何故なら、晶文と公月とでは、抱かれることの意味が違ったからだ。
  晶文となら、単なる遊びで片付けられた。どちらも、遊び。これっぽっちも本気は入っていない。
  だが、公月の場合はそうはいかない。公月に抱かれるということは、ある意味、主従の関係を結ぶための儀式を意味する。それが解っていたから小猫は、あえて公月に抱かれようとしなかった。
  一度でも公月に抱かれてしまうと、葎のことを想うだけで罪悪感に苛まれてしまいそうだったから。
「──…何を考えてるの、小猫」
  小猫の股の間に顔を埋めた晶文が、怪訝そうに尋ねる。
「何も……」
  言いかけて、小猫はビクリと背をいっぱいに反らす。
  たしなめるように晶文の歯が、小猫を甘噛みしたのだ。
「あっ……ぁくっ」
  反射的に股を閉じようとすると、逆に晶文が小猫の股を大きく広げてしまった。公月に見られているのが解っていたから、小猫はさらに抗ったが、晶文はそれを許さなかった。まるで公月に見せ付けるかのように、そして小猫を焦らすかのように、晶文は先端をちろちろと舐めてくる。
  すぐに指が、小猫の後ろへ侵入してきた。初めはおどおどと、それから大胆に内壁を引っかきながら中を掻き混ぜ、刺激を与え続ける。
「ふ…ぁっ……」
  白魚のように小猫が身体を反らすと、それだけで公月は穏やかな笑みを口元に浮かべる。公月の優しい眼差しは二人の動きを一つとして見逃さぬよう、先ほどからじっと見つめ続けている。
  小猫は腕で顔を覆うようにするとヒクヒクと喉を上下させ、晶文の執拗な舌から逃れようとした。
「あっ…ぅあ、あぁ……」
  息継ぎの合間に甘い声が洩れる。公月はそんな小猫の姿を愛しそうに眺めつつ、そっと二人のほうへと手を伸ばす。
「こちらへ、小猫」
  と、公月が言い、とうとうその瞬間がやってきた。
  公月のさらりとした、大きく力強い手が小猫の腕に触れる。まるで電気が走ったようなピリピリとした感覚が小猫の身体を駆け抜けた。
「さあ、小猫──」
  公月の意図するところに気付いた晶文がさっと顔を上げ、小猫の腕を取る。半ば抱えられるようにして晶文に助けられた小猫は、公月と向き合うような格好で、後ろに咥え込まされた。
  公月のものは葎のものほど逞しくはなかったが、それでも、かなりの体積を持っていた。彼の外見と同じように穏やかで、愛撫の仕方は優しく、小猫にはどこか物足りない感もした。
「上様の御前だ。いい声で鳴くところをお見せするんだ、小猫」
  背後から晶文が、耳たぶを甘噛みしながら囁きかける。
  言われなくても小猫は、身体の芯からこみ上げてくるじわじわとした感覚に支配されつつあった。
  甘く、仄かな快楽。
  公月は確かに何もしなかったが、晶文がそのかわりを務めた。これが側仕えになるということなのだと、小猫に見せ付けるかのような眼差しで、晶文は執拗に愛撫を繰り返した。
  片手で小猫の胸の突起を摘み上げながら、もう片手はその股の間にするりと落ち、器用にしごき始める。曲線にあわせて晶文がくい、と指先を沿わせるだけで、小猫は甘い声をとめどなく溢れさせた。
  小猫が動くと、自然、咥え込んだ公月のものがもぞもぞと身体の中で蠢いた。
  充分に圧迫感のあるそれは、小猫の内壁をこすり、突きあげ、奥へ、奥へと入り込んでいく。
「…やっ……ぁ……もう、やめっ……」
  晶文の愛撫から逃れようとすると、小猫の身体はさらに公月を迎え入れることになる。それに気付く頃には、すでに公月は小猫の中いっぱいに沈み込んでいた。二人の間では、小猫のものが真っ赤に充血してひくついている。晶文が指で弾くと、それだけで小猫の先端からは若いかおりの白濁した液が滲み出た。
  押し殺した息遣いの公月は、それでも小猫の身体に指一本、触れようとはしなかった。
  小猫の尻の上、腰のあたりに、今にも溶け出しそうなほど熱くなった晶文のものがなすりつけられた。苦しそうに喘ぎ声を洩らしながら晶文は、やり場のない精液を小猫の腰へと放った。
「ぁ……晶文……」
  腰にかけられた迸りの感触に小猫が身体を揺すると、公月の腕が伸びてきた。初めて、公月の肌が小猫に触れる。小猫の身体を間に挟んだままで、公月は晶文の唇を求めた。
  接合部では、くちゅくちゅという湿った音がますます大きく、激しくなってきていた。
「上様……上様、上様……──」
  うわ言のように晶文が呟きを繰り返す。
  自分の中を圧迫する公月のものが、不意にぐい、と体積を増した。



  小猫を間にしたままで、公月と晶文は抱き合っていた。
  まだわずかに残っている小猫の最後の理性は、このままでは二人の快楽の波に流されてしまいそうだった。
「……上様ぁ」
  自らを求める晶文の甘い囁きに応えて、公月は指をゆるりと小猫の尻に這わせる。
  小猫がピクリと背をしならせた瞬間、公月の両手が尻を割り開く。すでに公月のものをいっぱいいっぱいに咥え込んでいたそこへ、晶文は無我夢中で再起したものをねじ込んできた。
「ぁうっ……!」
  ぴりりと鋭い感覚が小猫の尻に走る。切れたな、と頭のどこかで微かに思う。
  痛覚以上にしかし、小猫の中では快感がどす黒い血の色をして渦巻いていた。
  公月のものでいっぱいだったそこへ晶文のものが無理やり挿入され、小猫は大きな圧迫感を感じていた。突き立てられた二つの異物によって内臓がせり上がり、腹の中のものが戻ってきそうな感覚だ。
「上様、上様……」
  切なげな声をあげながら、晶文は、狂ったように腰を振っている。
  小猫は流されまいとしながらも、快楽の波に飲み込まれていく。
  公月の力強い腕が、小猫の中と二つの異物とを一つにしようとしている。まるで灼熱の炎に焼かれているかのようだと、ぼんやりと小猫は思った。
  二人は交互に小猫の中へ、精液を放った。
  公月が一回、晶文が二回だ。
  あまりの激しさに、小猫の目尻からポロリと涙が一滴、滴り落ちた。



  目が覚めると、激しい嘔吐感に目の前が一瞬、真っ暗になった。
「気付いたか」
  葎の声がした。
  そろそろと目を開けると、すぐ目の前に葎の顔があった。
「まだ熱があるようだな」
  節くれだった葎の手が小猫の額に乗せられる。
  ひんやりとして心地よいその感覚に、小猫は昨夜のあれは夢だったのだろうかと考えてみる。
  ──いや、やはり夢ではない。
  その証拠に、身体はずきずきと痛んだし、どことなく気だるい感じがする。
「葎……」
  夕べ、公月に抱かれたぞ…──と言いかけて、小猫は不意に押し黙ってしまった。
  わずかに開いた障子の隙間から、公月の姿が、渡り廊下の向こうにちらりと見えたからだ。
「ん?  なんだ?」
  再び覗き込む葎の精悍な顎の線を見て、小猫は思った。
  やはり自分は、葎でなければ満たされない、と。
  いくら公月と主従の交わりをしても、満たされることはない。精神も、身体も。
  公月に抱かれてしまったら、葎に対して背徳を感じるのではないかと心配していたが、単なる杞憂に過ぎなかったようだ。む しろこれまで以上に、葎に征服されたいという気持ちが強くなっているようだ。
  やはりこの男でなければならないのだと、心の中で小猫は強く思ったのだった。
「葎……今日は、ずっとここにいてくれよ」
  甘えるように呟いた小猫の唇に、葎の冷たい唇がさっと触れた。
  目だけで葎は、答えた。
  無愛想なやり方だが、彼らしいやり方だ。
  安心したのか、また眠気が襲ってきて、小猫はうっすらと微笑みながら、目を閉じたのだった。



──END──
(H14.2.9)



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