BLACK MOONの陰 2

  やっとの思いで手に入れた馬は随分と年老いていたが、リムシーはあまり気にしていなかった。荷物を運ぶことが出来ればそれで充分だったからだ。
  その荷物も、たいしたものは入っていない。せいぜい自分たちが日常生活に使う木製の深皿とスプーン、フォーク、マグが二セットずつ、湯を沸かす時に使う鉄のケトル、それに野営用の毛布。雨が降ったり寒かったりするとテントを張るのだが、そのためのしっかりとした布。着替えのチュニックがそれぞれ一着ずつ。他にも細々としたものがあったが、その大半はリムシーが身につけている。
  旅に出てからリムシーは、日数を数えていた。
  手にした木の杖に、一本ずつナイフで筋を入れていくのだ。
  ナイフの溝は、今日で十本になった。
  まだそれほど遠くまで来てはいないはずだ。
  故郷からの風は、まだ、山を越え、川を越え、リムシーたちを追いかけてきている。
  ──もっと、遠くへ。もっと、遠くへ。
  ともすれば焦る気持ちを押さえながら、リムシーは旅を続けていた。
  ダジェが重荷になっているわけではない。身篭っていてもダジェは身軽だった。もしダジェが女だったなら、大変なところだった。女たちは腹部に子を宿し、膣から、自分とはまた違った個体を産み落とすのだと聞いたことがある。だから、産み月が近づくに連れて女の腹部ははちきれそうなほど大きく膨らみ、数十歩先へ移動をするのもやっとの状態になるのだとか。
  しかし『まことの女』は女のように体内に自分とは別の存在が異物として発生し、育つわけではない。産み月になっても腹部は平らなままだし、何よりも、『まことの女』はイアージュの子を産み落とす時が命の終焉と決まっている。
  あと、十日か二十日か。それとも、ひと月か。
  どちらにしても、ダジェと共に過ごす時間は限られている。
  別れの時は、たいして遠くはないはずだ……。



  野営地の夜は長い。
  申し訳程度にテントを張ると、リムシーは老いた馬を近くの木に繋ぎ直した。
  ダジェは食事の用意をしている。さっき通り越してきた村で手に入れたパンと山羊の乳を分け合いながら、二人は夕食をとった。他に、干肉が少しばかり──これは、旅に出る時にニィゼが用意してくれたものだ。
  口数も少なく、二人はただ黙々と食べ物を口に運んだ。
  旅に出てからのリムシーは、以前に比べると格段に口数が減った。常に何かしらを考えているようで、ダジェにはさっぱり理解することができない。
  食事の後でリムシーは、杖にナイフの溝を入れた。今ではこれが毎日の日課となっていて、溝の数を数えては、故郷を後にしてから何日が過ぎたかを勘定している。
  ダジェは先にテントの中に入ると服を脱ぎ、ちくちくする毛布にくるまってリムシーを待った。
「リムシー?」
  急かすようにダジェが声をかけると、すぐにリムシーもテントに入ってくる。
  テントの入り口を止め合わせるリムシーの背に、ダジェは裸のままで抱きついていった。
「オレ、もう待てない……」
  色めいたダジェの声に、一瞬にしてリムシーの体が熱に浮かされたようになる。
  素早く着ていたものを脱ぎ捨てるとリムシーは毛布の中に潜り込み、ダジェの体を抱きしめた。二人は互いの身体を時間をかけて愛撫しあった。
  リムシーは、ダジェの性器を片手でゆっくりと扱き上げ、先端の括れを優しく爪で引っ掻いてやった。その間ダジェは、リムシーの唇に幾度となく甘い口付けを繰り返していた。
  そのうちに我慢し切れなくなったのか、腰を揺らめかせながらダジェが潤んだ眼差しでリムシーを見上げ、言った。
「入れてくれよ、リムシー。早く……オレ、もうこんなに熱くなってるんだ」
  溜息と共に口から洩れたダジェの吐く息は、甘くリムシーを誘っている。ダジェの身体から匂いたつ花のような香りは、今にもリムシーの理性を奪い取っていこうとしている。
「もうちょっと我慢しろ」
  そう言ってリムシーは、ダジェの窄まりに指を滑らせる。
  初めての時には痛みと快感が入り混じっていたこの行為も、随分と慣れたものだと驚かずにはいられない。多少の荒っぽい行為は、ダジェも喜んで甘受している。少しの痛みはダジェに、リムシーとの繋がりを感じさせた。痛みのない結合よりも、痛みのある結合のほうがリムシーを身近に感じることができたのだ。
  ダジェの先走りの液を指に掬い取ると、リムシーはそれを後孔へと塗りこめる。丁寧に、何度も何度も固く窄まった部分を解すように、やわやわと揉みこむ。時折、指先で襞の隙間をやんわりと押し、中の具合を確かめる。
「ぅ……」
  リムシーの指が窄まりを出入りするたびに、ダジェの尻の筋肉がきゅっ、きゅっ、と締め付けてくる。その感触がたまらなく愛しくて、リムシーはわざと乱暴に指を突き入れた。
「ああっ……リムシ……早く……早く、中に入れて……」
  ヒク、とダジェの喉が上下する。自分から足をぐい、と折り曲げるとリムシーに尻を……その奥の窄まりを、恥ずかしげもなく晒した。ダジェの唇はわずかに震えている。窄まりの部分も、そうだ。自らの精液でてらてらと濡れたそこは、収縮を繰り返しながらリムシーを待ち焦がれている。
「リムシー、早く」
  入り口近くに置いたカンテラの灯りがダジェの横顔に反射して、妖しく色めきたたせている。
  リムシーはゆっくりと腰を、ダジェの中へと押し沈めていった。



  ダジェの奥深い部分をリムシーは、先端の括れを利用して擦り上げ、何度も突いてやった。だらしなく開いたダジェの口から甘い声が洩れてくる。
「……ひぁ……ん…ふ…っぅ……」
  ぎゅっとリムシーの首筋にしがみついたダジェは、結合が外れないよう両足をしっかとリムシーの腰に絡ませた。リムシーが左右に揺さぶりをかけると、ダジェも同じように感じる部分を求めて腰を振る。
  涎が、ダジェの口元からつー、と伝い落ちた。
  リムシーは目を閉じ、苦しそうな、それでいてどこか恍惚とした表情でダジェの奥を突き上げ続けた。
「いいっ……リムシ……ぁ……!」
  足を宙へと高く掲げ、ダジェは背をくい、と反らした。
  その瞬間、リムシーの精液がダジェの最奥めがけて溢れ出す。熱い迸りは、快感となってダジェの中を満たしていく。
  溢れる──と、ダジェが思った途端、二人の結合部から青臭い精液が伝い降りてきた。
「んっ…はぁ……」
  ダジェがうっすらと目じりに涙を滲ませたまま深く息を吸いこんでいると、リムシーがその顎に指を這わせ、唇を合わせてきた。
  しばらくの間、二人して口付けを交わし合っていた。
  行為の後の心地好い気だるさが、テントの中に漂っている。   ダジェは舌をちろちろとさせながら、リムシーの唇を舐めている。まだ抱かれ足りないのか、催促をしているかのようだ。
「もう一回してもいいか?」
  唇が離れた隙を狙って、リムシーは尋ねた。
「ん、いい……けど……」
  ダジェはどこか嬉しそうにリムシーの首にしがみついていく。
「今度はオレに…──」



  カンテラの鈍い光がテントに影を映し出していた。
  リムシーの上で腰をくねらせるダジェの影だ。
「やっ……リムシー、もっと……触って……」
  自らが放った精液でぬるぬるとなったダジェの性器は、ビク、ビク、と大きく震えている。リムシーは手を伸ばすと、ダジェのものをぎゅっと手の中に握り込んだ。親指と人差し指とに特に力を入れながらゆっくりと扱き上げると、ダジェの先端から白濁した精液がじんわりと滲み出てくる。
「あっ……あっ、あぁっ……」
  背をしならせ、ダジェは頭を振った。目尻に滲んだ涙が、頬を伝いポロポロと流れ落ちてくる。
「はぁっ……ぁ……」
  リムシーが指を、ゆっくりと焦らすような動きへと変えた。そうするとダジェもすぐに、腰をゆっくりと動かし始めた。二人とも、高みを求めながらもそこへ到達する一歩手前の状態を味わっているかのようだ。
  ダジェはリムシーの引き締まった腹筋に手をつき、上体を支えながら腰を揺すった。
「気持ちいいか?」
  荒い息の下から、ダジェが尋ねる。
「ああ、気持ちいい」
  リムシーはうっとりとした表情で返した。片手でダジェの性器を扱いている。もう片方の手はダジェの尻へと回されており、自分のものが出入りしている淫猥な穴をくちゅくちゅとつついている。
「……ん、ふ……っ」
  噛みつくようなキスをダジェは落とす。止まらなくなった喘ぎの合間にリムシーの唇を吸い、噛みつこうとする。リムシーが手の動きを早めると、ダジェはさらに激しく唇を求めた。
「リムシー……リムシー、リムシー……!」
  腰を振り乱しながらもダジェは、膝を立膝にしてリムシーの上に座り直した。リムシーのほうからはちょうど、自分のものがダジェの穴に出入りしている様を見ることが出来た。ぬらぬらになった自分のものが、ダジェの中へと沈んでいく。深々と、抉るように。
  それを目にした途端、リムシーのものはドクン、と大きく脈打った。反射的に腰を突き上げ、ダジェの最奥を擦り上げながら射精した。
  ダジェもそれにつられて、リムシーの手を汚した。
  青臭いにおいがテントの中に充満し、ダジェはリムシーの胸にもたれこむと大きく息を吐いた。



「オレ、今が幸せで幸せで堪らないんだ」
  情交の後のまどろみの中で、なんでそんなことを思うのだろうかと訝しみながらダジェは呟いた。呟きながらもしかし、ダジェの指はリムシーの肩口を這い、固くしまった筋肉の感触を楽しんでいる。
「『まことの女』になれたからだろう」
  と、返しながらもリムシーはどこか寂しげな様子で、ダジェの顔を覗きこんだ。
「お前は『まことの女』になった。あとは、子を産み落とすだけだ」
  その時、ダジェの命も費える。
  リムシーは苦虫を噛み潰したような複雑な笑みを浮かべると、ダジェに口付けをした。
「お前の命が終わる時には、俺も、一緒に……」
  ちりちりと、カンテラの油がすすけた火の粉を飛ばしている。もうそろそろ油がなくなる頃合だ。
  リムシーはゆっくりとダジェの舌を吸った。
  まだ、早い。まだ、その時が来ないでくれればいいと、心の中の陰に半ば願うようにリムシーは、再びダジェの身体を貪りだした。



END
(H15.6.25)
(H24.5.27改稿)



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