BLACK MOONの月 2

  ニィゼのもので身体の中を貫かれた衝撃で一度はぐらり、と傾いだダジェの身体が、不意にのろのろと起き上がってくる。
  ゆっくりと、しかし艶かしく背をしならせながらも上体を起こしたダジェは、ニィゼに身体を擦り寄せるように寄り添う。
  とろんとした恍惚の眼差しは、それまでのダジェの表情とは全く違うものだった。
「ニィゼ……」
  甘えるようにニィゼの胸に背を預けたダジェは、正面からじっと見据えるリムシーの眼差しに気付き、さっと頬を朱色に染めた。
  ダジェの変化にいち早く気付いたのはリムシーだった。
  あれほどニィゼを拒んでいたというのに、今やダジェは、おどおどとした恥じらいの表情を浮かべているのだ。その仕草は亡きカタレの仕草とどれほど酷似していることか。
  焦らすようにニィゼの親指の腹が、ダジェの胸の突起を弄ぶ。
  すると、ダジェは甘ったれた声で反応を返したのだ。
「や……んっ……駄目だよ、ニィゼ。リムシーが見てる……──」
  恥じらいながらもダジェは、ニィゼの指の動きに合わせて自ら腰を振り始めた。ゆっくりと、ニィゼの竿の先端が見えるか見えないかのところまで引き抜いておいてから、素早く腰を落とす。青臭い精のにおいと湿った音が、部屋に満ちていく。
  甘い声でニィゼに囁きかけているのはどう見てもダジェだったが、しかしどこか恥ずかしそうな仕草や声色は間違いなくカタレのものだ。
  ニィゼが、ダジェの中にカタレの面影を見たと言っていたが、それは満更嘘でもなさそうだ。
  その証拠に、ダジェの顔を見ていると、蜻蛉のようにぼんやりとしたカタレの顔がだぶって見える。死んだカタレの霊が、ニィゼ恋しさのあまりこの世に姿を現わしたのかと思ったほどだ。
  リムシーは、自分の恋人がニィゼに攻められている姿を目前にして何とも言いようのない気持ちが込み上げてくるのを感じた──嫉妬と、憎悪。それから、伴侶を失ったニィゼへの同情と憐憫。それらの感情が入り混じったまま、もやもやとしたものとなってリムシーの胸の中でとぐろを巻いている。
  しばらくは二人の交わる姿をじっと眺めていたリムシーだったが、自分はこの場にいてはいけないのだということに気付くまで、そう時間はかからなかった。
  リムシーはそっと足音を忍ばせると、部屋を後にした。
  ドアを閉める直前、ダジェの掠れた声が甘くニィゼの名を囁くのが聞こえてくる。
  リムシーは静かにドアを閉めた。
  部屋の中で行われていることは、あまり考えないようにした。
  そもそも、今回のことは自分からダジェに言い出したのだ。これこそ自業自得だなと、リムシーは心の中で苦笑する。自分がダジェに、ニィゼに抱かれてほしいと言ったのだ。嫌がるダジェに無理矢理頼み込んでおいて、今さら、やはりやめてくれとは言えないだろう。
「仕方ないな」
  呟いてリムシーは、ニィゼの小屋へ向かった。
  今は一人きりになりたかった。



  甘い声、恥らいの仕種。
  どれをとっても生前のカタレそのものに間違いない。
  ニィゼは戸惑いを感じていた。
  最初は嫌がっていたはずのダジェは、今やカタレその人かとニィゼが錯覚するほどに行為に没頭している。
  筋肉質なニィゼの腕にしがみつくような格好で、大きく腰を振り乱しているのは間違いなくダジェだ。それなのに何故、こんなにも死んだカタレに何もかもが似ているのだろう。
  攻め立てる腰の動きをニィゼが休めると、ダジェの尻の筋肉はひくひくと締め付けを強めた。銜え込んだニィゼのものを食い千切らんばかりの勢いで締め付け、収縮を繰り返している。
「やっ……ぁ……駄目、やめないで……」
  小さく首を横に振り、ダジェはさらにニィゼの腕にしっかとしがみついてくる。
「動いて……お願い、ニィゼ。もっと……もっと、僕を……」
  途切れ途切れの息の下、ダジェの声は掠れ、涙声になっている。
  焦らすようにニィゼがダジェのうなじに息を吹きかける。波立つダジェの産毛に唇を這わせながら、ニィゼはくい、とダジェの性器を握り締めた。
「あぁっ……ん……ふぁっ……」
  ピクピクと、ダジェの性器が脈打っている。解放されたいダジェのそれは、ニィゼの手の中でまるで、独立した一個の生き物のように蠢いている。
「いや…ニィゼ、なんで……──」
  カタレのように、涙声でその先の行為をねだるダジェ。焦らすと、いっそう甘い声で応えてくる。カタレのように…──いや、そうではない。
  カタレでなければ、こんなにもこの行為に没頭することができるはずがない。
  最初からダジェは、ニィゼとの行為を拒んでいた。
  どこで入れ替わったのかはわからないが、今、ニィゼの雄に刺し貫かれているのは間違いなく、死んだカタレだ。
  外見など、関係ない。ダジェの身体を借りておそらく一時的にだろうが、カタレがこの世に戻ってきたのだ。
  ニィゼは、手のひらで包み込んだダジェの性器を優しく扱いた。ごつごつとして厚みのある骨太の手がダジェのものを愛撫すると、ダジェの先端はトロリとした蜜を溢れさせた。
「はっぁ……うっ、うっ……」
  力の入らない四肢を何とか突っ張らせ、ダジェは腰を揺すっている。
  ダジェの動きに合わせてニィゼは、深い部分を抉るようにして突き上げてやった。挿入の衝撃がずん、と加わったため、ダジェはニィゼの胸に背を預けてくる。
  弓なりに反らせたダジェの身体は汗でじっとりと湿っており、肩口をぐいぐいとニィゼに押し付けていく。
「ニィゼ……もっと……もっと強く抱いて……」
  口早にダジェが呟いた。
  ニィゼはその瞬間、何かに頭を強打されたかのような衝撃を感じた。
「カタレ……? お前──カタレ?」



  恐る恐るニィゼが問いかけた瞬間、ダジェはのろのろと振り返った。
「……よかった。やっと、気付いてくれたんだね」
  震える声は、ダジェの声ではなかった。
「会いたかった、ニィゼ。」
  か細く儚げなカタレの声色に、ニィゼの心臓がドクン、ドクン、と音を立て始める。
  少し無理な体勢でニィゼの顔を見上げているのはやはりダジェだった。しかし、それでも声は……声だけは、間違いなくカタレのものだ。ニィゼが心から愛してやまない、カタレの声だ。
「カタレ、何故……」
  ニィゼは口を開きかけたが、それよりも早くダジェ──今はカタレが、ニィゼの唇に指をそっと押し当てた。
「僕は戻ってきたんだ、ニィゼ。だけど、ダジェの身体を借りるのはこれが最初で最後になると思う」
  一瞬、ダジェの横顔にカタレの影が重なる。
  間違いない。カタレは、この世に戻ってきている。何がカタレをそうさせたのかはわからないが、とにかく戻ってきてくれたのだ。愛しいカタレは姿形こそ違ってはいたが、今、間違いなくニィゼの腕の中にいる。
「カタレ……俺の、カタレ」
  ダジェの身体をぎゅっと抱きしめ、ニィゼは掠れた涙声で恋人の名を何度も口にした。
「ニィゼ、会えてよかった」
  そう言ったカタレの片足を、ニィゼはやや乱暴に掴みあげた。がっしりとした腕でダジェ──いや、今はカタレだ──の腰を固定すると、結合部が外れてしまわないように注意しながら、自分よりも一回りは小さな身体をぐい、と引き寄せる。
「あっ、あ……んんっ!」
  突然の衝撃に、カタレは大きく身を反らせる。
  身体の向きを強引に転換させられたカタレは、ニィゼと向き合い、筋肉質な身体を力いっぱい抱き締めた。
「会いたかった。真っ暗な闇の中で、ずっとあなたのことだけを考えていたよ、ニィゼ」
  愛するニィゼの肌の感触と体臭に、カタレはしばし溺れていた。



「ニィゼ……僕の、ニィゼ。ひとつだけ、僕の頼みを聞いてほしいんだ」
  ニィゼの分厚い胸板に頬を摺り寄せ、カタレは言った。
  汗臭い男のにおいは間違いなく愛しい人のにおいだ。カタレは鼻腔の奥までニィゼのにおいを堪能した。こうやって抱き合うことはもう、二度とないはずだ。
「なんだ? 俺にできることなら何でもするぞ。何をすればいい? 俺は、どうすればお前を満足させてやることができるんだ?」
  すかさずニィゼは返した。
  カタレはうっすらと口元に笑みを浮かべると、ニィゼの太い首に腕を回した。しがみつくような格好でニィゼに口付けをすると、カタレはひどく真面目な眼差しになってこう言った。
「助けて欲しいんだ、ダジェを」
  カタレの言葉に、ニィゼは怪訝そうに首を傾げる。
「それは……お前がそうして欲しいなら、俺はダジェを助けるが……」
  ぽつり、ぽつりとニィゼが言うと、カタレはまっすぐな瞳でニィゼを見つめた。
「助けて欲しいというよりも、守ってほしいんだ。ダジェは……イアージュの子を、宿しているんだ」
  言いながらカタレは、自らの生前を思い浮かべた。



  シャイエに殺される少し前、カタレは、自分がその身にイアージュの子を宿したことに気付いた。
  悪いことではないはずだった。
  イアージュの部族は男ばかりの部族。同じ腹から生まれた兄弟の一人がその身に子を孕み、産み落とすことで一族は繁栄していたが、ここ何年かは誰一人として子を孕むことはなかった。絶えゆく部族なのだと年嵩の誰かが何かの折りに話していたように、もしかしたらイアージュの部族はこのまま一人、また一人と死んでいくだけなのかもしれない。カタレですらそんなふうに思い始めた矢先、子を孕んだのだ。
  子を宿したことに気付いた時、カタレはまず喜んだ。愛する男の子を宿すことができたという事実は、カタレにとって信じ難い事実でもあった。気弱で、兄弟の中ではいちばん臆病だった自分が、イアージュの未来の子をその身に宿すなど、考えもしなかったことだ。
  だが、誰よりも早くカタレの身体の変化に気付いたシャイエは男たちを煽動し、カタレを弾劾した。
「村の儀式に参加したことのない者が、『まことの女』だと、皆は本気で信じているのか?」
  ドアの向こう、集まってきた男たちに向かって高らかに問いかけるシャイエに、カタレは計り知れない不安を感じた。
  同じ腹から生まれた兄弟の中でもっとも嫉妬深く、執念深いシャイエ。シャイエを信用してはならないと、カタレの中の何かは常に警告を発していた。それなのにカタレは、シャイエを小屋の中に招き入れてしまったのだ。シャイエの言葉の罠にまんまと騙されて。
  そうして、殺された──首をかき切られ、虚ろな眼差しを中空へとさ迷わせながらもカタレは悔しくてならなかった。自分の弱さが招いた結末はあまりにも呆気なく、あまりにも残酷で、唐突すぎた。
  通りの向こう、リムシーの腕に抱えられるようにして立っていたダジェと目があった瞬間、カタレは自らの死の瞬間の姿を知った。脅え、恐怖に震える自身の瞳はカッ、と見開かれ、その視線の先に存在したはずの愛しい現実に、必死に追い縋ろうとしていた。
  カタレの想いを受け止めてくれたのは、同じ腹から産まれたダジェ一人だけだった。ニィゼではなかったのが少し残念だったが、これでよかったのかもしれないと今は思う。
  ダジェは昔から、カタレを気にかけてくれた一人だった。ニィゼがいない時はいつも、カタレはダジェに守られていた。決して大柄ではないけれど、誰にも負けない強い意志を内に秘めたダジェは、カタレの憧れでもあった。ダジェのようになりたい、ダジェのように強い心の大人になりたいと、カタレはずっとそんなふうに思ってきた。
  残念ながらカタレの願いは叶えられることはなかったが、ダジェがイアージュの子を孕んでいることが分かった今、次は自分がダジェを守る番だと、そんなふうにカタレは心を決めていた。



  結合部から身体の中心へと向かって、じわりじわりと熱が駆け巡る。
  カタレは、しっかりとニィゼにしがみついていた。ニィゼの太い首に腕を絡めると、待ち構えていたように強い力で突き上げられた。
「あっあぁ……」
  激しく突き上げられながらカタレは、目の前が滲み出したことに気付いた。いつの間にか、カタレは泣いていたのだ。
「ニィゼ……すごく……いい……」
  うっとりとカタレは呟く。
  ゆっくりと、意識が遠くなっていくのを感じていた。もう、金輪際この世へ戻ってくることはないだろう。ニィゼに抱かれることも、彼を抱きしめてやることも自分にはできないのだ。
「っ、あ……ニィゼ……」
  カタレの雄の部分は先走りの精液でてらてらと光っている。ニィゼの手が優しく、それを愛撫する。ビク、ビク、と雄の部分が震えると、ニィゼの腹に白濁したなまあたたかいものが飛び散った。百合の雄芯のような青臭い精液のにおいに、カタレはうっすらと口元を緩めた。
「僕は……戻ってくるよ、必ず。あなたの側にいることが……僕の、たったひとつの希みなんだ」
  途切れ途切れの息の下、カタレは囁きかける。
「例え……どんな手を使っても、必ず、戻ってくるよ──」
  それきりカタレは口を閉ざしてしまった。ほんのわずかな時間、この行為に没頭するために。
  あとはもう、ただ獣じみた二人の喘ぎ声だけが部屋の中に響き渡るばかりだった。



END
(H15.5.1)
(H24.5.27改稿)



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