animaloid 2

  ジェイは人間ではない。
  もちろんブラウのような人工の半獣人、アニマロイドでもない。
  では、いったいジェイは何者なのだろうか。
  かつて地球上の地形を大きく変えてしまった地中海一帯を中心に起こった大地震よりも以前、世界には人の手によって作り出されたアンドロイドたちがいた。彼らアンドロイドたちはセクメロイドと呼ばれ、一部の人々に混じって生活を送っていた。それだけならば、何も問題はなかった。しかしプロジェクトに関わった者たちの中には人間の受精卵に手を加え、セクメロイドとして誕生させる研究をする者が出てきた。それが、セクメロイドの中でもJタイプと呼ばれる一連のシリーズのことだ。Jタイプとなる受精卵は、人工子宮の中で成長する。その間に細胞老化の抑止剤を注入され、他のアンドロイドと同じように脳内に様々な情報を詰め込まれる。顧客の要望に合わせて成長促進剤を併用することもあったが、たいていは十五、六歳ぐらいから二十歳半ばまでの容姿をしていた。
  開発者たちはジェイのことを、「初代オリジナルのコピー」と呼んだ。
  自分が「初代オリジナルのコピー」として他の仲間たちよりも優遇されているのだと知ると、ジェイも悪い気はしなかった。しかしそれも、自分以外にもそう呼ばれる被験体が存在しているという事実を知るまでのことだった。
  初代オリジナルのコピーが自分の他にも存在していると知るや、ジェイの気持ちはあっという間に開発者たちから離れていったのだ。
  その後にやってきたのは、激しい嫉妬心。
  自分以外の「初代オリジナルのコピー」という存在に対して、ジェイは敵対心を剥き出しにした。
  ジェイの憎悪はとどまるところを知らず、いつしか開発者に対してすら反抗的な態度を取るようになっていった。
  その後、開発者たちとの長期に渡る冷戦期間を経てジェイは、施設の外へ出ることになる。
  誰がジェイを外へ出してくれたのかは、解らない。
  ただ、「初代オリジナルのコピー」に関わる人物がジェイを引き取りたがっているという話が、施設を出る直前にあったとか。それが何か、ジェイに関係しているのかもしれなかったが、ジェイ自身には知らされないままになっている。



  ぼんやりと考え事をしていると、どこかの部屋でガラスの割れる音がした。
「ジェイ、誰か入り込んだぞ」
  身支度を整えたばかりのブラウが、声をかけてきた。黒いつなぎのスーツを身に着けたブラウは、闇夜の黒猫のように密やかな足取りでジェイのすぐ側へやって来る。
「……仕方ない。様子を見に行こうか」
  ジェイはそう言うと、するりと部屋を出る。
  だだっ広い廊下を二人は足音を殺し、歩いていく。
  広すぎる屋敷は、ジェイとブラウの二人が使うには寂しすぎた。他には、誰もいない。かつては何人もの使用人たちを雇い入れていた屋敷も、今は古びた時代遅れの屋敷となりつつある。手入れも不充分なままに庭木の枝葉は伸び放題になっており、荒れ放題の屋敷に忍び込んでくる者は滅多にいなくなってしまっていた。そのおかげでジェイとブラウがここに隠れ住むことができた。だが、こんなふうに侵入者がやって来るのであれば、そろそろ別の住処を探すべき時なのかもしれない。
「──物音がする」
  声を潜ませて、ブラウ。
「侵入者が二匹……争ってるみたいだな」
  感情のないブラウの言葉に、ジェイは軽く頷いた。
「様子を見てから手を下せ」
  ジェイはそう言うと、ドアノブに手をかける。
  無言のままブラウが眼差しで合図すると、ドアが勢いよく開かれた。
  が部屋の中を見ると、半獣の姿で床の上を転げ回るアニマロイドがいた。
  アニマロイドの右肩から腕にかけては、焦げ茶色の羽根でびっしりと覆われている。鳥のDNAの成せる技だ。ほぼ人間と化していたが、ところどころ、羽根とも皮膚とも判別のつかない体毛に覆われている部分があった。
「ぁ……」
  咄嗟のことで、ブラウの声は出てこない。自分の兄弟だった者が、死にかけている。人にも、獣にもなることができず、中途半端な姿でのたうち回っているのを見ているのは、胸が締め付けられるよに苦しくて、悲しい。
「ここをどこだと思って侵入した?」
  ジェイが、ドアのすぐ側に立ち尽くして言った。
  ブラウはジェイを振り返る。と、同時に、今までなかった気配が……いなくなったものだとばかり思いこんでいた、もう一人の侵入者の気配が、突如としてブラウにも感じられた。
「驚いたな。こんな場所でお前と会うことができるとは、思いもしなかった」
  侵入者が低い声で告げた。
  気配を自由自在に操ることの出来る侵入者に、ブラウは警戒心を解くことが出来ないでいた。それなのにジェイは、そんなブラウを気にすることもなく、侵入者のほうへと足を踏み出した。二人の間に立ち塞がるブラウの肩をぐいと掴むときつく胸元に抱き込んで、ジェイは口を開いた。ブラウの視界が一瞬、ジェイの体に塞がれる。
「……会いたかった?」
  囁くように、恐る恐るジェイが尋ねる。
「いや」
  侵入者は微かにかぶりを振った。
  それから。
  まだ床の上を這いずり回っていたアニマロイドの、悲鳴にならない悲鳴が上がった。ぐしゃり、という生々しい音がして、ブラウが驚いて振り返ると、血飛沫が飛び散るところだった。
  侵入者はブラウが身に着けているような黒いジャンプスーツに身を包んでいた。濡れたような漆黒の髪。冷たい眼差しは、血の色を思わせる紅。武器は、持っていない。ただ、彼の手だけが……鮮やかな血の色を滴らせているだけで。
「ブラウ」
  抑え気味のジェイの声が喉の奥から絞り出された。制止の合図だ。ブラウはじっと、その場で耐えた。ジェイの合図があるまでは、動くことが出来ない。
「人には人の領分があるように、セクメロイドにはセクメロイドなりの領分がある」
  侵入者は感情のない声でそう言うと、ジェイを真っ直ぐに見据えた。
「でもっ……」
  ジェイがもう一歩、前に出る。
「僕は、ずっと待っていた。この身体に流れる血の記憶だけを頼りに、あなたが僕の前に現れる日をずっと心待ちにしていた」
  ブラウの仲間が殺されたことよりも、ジェイは別のことに心を奪われているようだった。床に転がったアニマロイドの喉が、ヒュッ、ヒュッと細い耳障りな音を立てている。
  ブラウは微塵も動くことができない。ジェイの合図がなければ、ブラウには動くことも許されない。あのアニマロイドを助けることすらできないのだ。
「お前は、単なるコピーでしかない」
  侵入者はジェイにそう言い放った。
  それから流れるような動作で、二人に背を向けた。
  気配がすーっ、と薄くなっていく。
  ブラウが瞬きをした一瞬の隙に侵入者は、姿を消してしまっていた。



  ジェイが身じろいだ。
  侵入者の後を追うつもりだということが、ブラウにはすぐに解った。
  ぎゅっ、とジェイにしがみつくと、ブラウは懇願した。
「行くな、ジェイ」
  今、ジェイを行かせたら、二度と会うことはできないような気がした。


(H24.10.21改稿)



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