潮風のささやき 1

  突然のスコールに、浜辺にいた人々はきゃあきゃあとはしゃぎ声をあげながら屋根のある場所へと避難を始めた。
  エリナは海水に浸かったまま、激しく叩き付けるような雨の感触を楽しんでいた。
  ──このまま、壊れてしまえばいい。
  そんな風になげやりに思うと、涙が一筋、頬を伝った。
  雨の中、周囲には誰もいないし、人目を気にすることもないだろう。エリナは波に揺られながら、激しく号泣した。



  エリナが滞在しているコテージに戻る頃には、雨はすっかり止んで、太陽がさんさんと輝いていた。
  エリナの気持ちも今はあの太陽のようにすっきりとしており、新しい出会いに胸をときめかせている。
  部屋に戻るとエリナはシャワーを使い、ところどころ砂の残る髪と身体を丹念に洗い上げた。
  日に灼けて小麦色になった肌。長かった髪はこの旅行に出る前に短く切って、今は肩までのワンレンだ。ふっくらと誇らしげな双丘の頂上は温かいシャワーでつん、と上を向いている。細く、きゅっと締まったウェストを伝って下に降りると、三角のデルタ地帯がある。うっすらと茂っているその奥には、鮮やかなピンクの秘密の花園が隠されていた。
  エリナはそろそろと股間の奥に手を這わせると、そっとこすってみる。
  先月、すったもんだの末にとうとう破局を迎えざるを得なくなった彼氏のリョージの指使いが蘇り、エリナはゆっくりとヴァギナに指をかけた。シャワーのせいで湿っているそこに指をひっかけ、ずぷりと入れてみる。一本目が難なく挿入され、二本目、三本目……三本の指で膣の壁を引っ掻くようにしてぐるっと回してみると、喉の奥からくぐもった声が洩れた。
「……ぁ……っあんっ……」
  気持ちがよかった。
  リョージと別れて以来、エリナは身体の疼きを満たす術を持たなかった。別れたことに対するショックがあまりにも大きかったため、自慰行為をする気にもなれず、また別の男性との付き合いに踏み切ることもできず、ただ悶々と夜を過ごしていた。
  しかし……この街へ来て、エリナの中で何かが変わり始めていた。
  街の人々は大らかで、にこやかで、エリナに元気を与えてくれたのだ。落ち込み、すっかり塞ぎ込んでいた陰鬱な気分は、名も知らぬ人々との交流によって次第に晴れやかになっていった。
  知らず知らずのうちにエリナのもう片方の手は、白く柔らかなマシュマロの先っちょをつまみ上げ、こねくり回している。
「はっ……あぁ……あ…」
  エリナの手指が子宮を求めてさらにヴァギナの奥深くへ伸ばされようとした瞬間……トゥルルルル、と部屋の電話が鳴った。
  我に返ったエリナは、物足りなさと身体の奥の熱い疼きとを抱えつつ、バスタオルで身を包んでバスルームを後にする。
「はい、もしもし?」
  受話器を取ると、相手はコテージの管理人だった。
『もしもし、倉本さん。新しいお客さんが来たんだけどね、ちょうどアンタと同じぐらいの年の子だから、一通りここの説明してやってもらってもいいかしら?  あたしはちょっと今、手が離せなくてね』
  管理人のおばさんはそう言って、エリナに受付兼食堂になっている別棟へすぐに来てほしいと言った。
「はーい、すぐ行きますね」
  エリナが慌ててキャミソールとジーンズを身につけた。別棟のドアを潜ると、受付の側には既に一人の青年が立ち尽くしていた。
  ナップサック一つと飲みさしのペットボトルを手にした軽装の青年は、エリナを見ると驚いたように目を丸くし、それからにこりと微笑んだ。
「管理人のおばちゃんが言ってた案内の人って、君?」
  エリナは小さく頷いた。
「ええ、そう。倉本エリナよ、よろしく」
  同じぐらいの年の子だと言うから、女の子だと思っていたのに意外だった。まさか、コテージの新しいお客が男の子だったとは。
「僕は広瀬徹。よろしくね、倉本さん」
  トオルはそう言って手を差し伸べ、エリナは心の中でどきどきしながら握手をした。



  リョージと別れてから、初めて男の子の肌に、触れた……。
  エリナはどきどきしながら、トオルをコテージの部屋へ案内した。
  トオルの部屋は、エリナの部屋の三つ向こう。ベランダから海が見える一等室だった。
「へぇ……素敵な部屋!」
  トオルを部屋に案内し、少し寄っていかないかと逆に彼に誘われたエリナははしゃぎながらベランダに出た。
  エリナの部屋からは、海はほとんど見えない。見えるのは、芝生の庭と、プールと、建物と潮風除けの木々ばかり。トオルの部屋のように眺めのいい部屋ではない。
「いいわね、この部屋」
  ベランダからちょこんと顔を出し、うらやましそうにエリナが言うと、
「じゃあ、こっちに移ってくれば?」
  トオルが茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべて返した。
「本当、うらやましい。移ってこよっかナ?」
  半分冗談、半分本気で、エリナは返す。
  頬にあたる潮風が心地よくて、エリナはベランダの外壁にもたれてそっと目を閉じた。
  この部屋の眺めといい、トオルの爽やかな物言いといい、エリナの気持ちに付け入ろうとしているのだろうか。リョージと別れて一ヶ月。男の子と喋るのも億劫だったエリナだが、この街の開放感とトオルの放つ強い男の臭いに、負けてしまいそうだった。
  エリナの理性は、馬鹿なことはするものではない、初対面の男の部屋に足げく通うなんて、自分はなんて尻軽な女なんだと戒めの言葉を吐いている。しかしその一方で、彼ぐらいに見目よい好青年なのだから、一夏のロマンスを楽しむべきだとささやく悪魔がいた。悪魔は、エリナの股間の奥にじわりと熱を呼び覚ました。
「いいよ、移ってきなよ。ナニもしないから」
  トオルはそう言った。
「何なら、部屋をかわってもいいけど?」
  荷物を解きながらトオルは言う。部屋をかわる気なんかこれっぽっちもないのに、とエリナはこっそりと笑った。
「このままでいいじゃない。せっかくの見晴らしなんだもの、もったいないわ」
  それからエリナは部屋に入ると、後ろ手にベランダの窓を閉めた。エアコンのない部屋は、急に室温が上昇する。
「あれ、窓閉めたの?  暑いよ?」
  トオルはそう言って、エリナのほうへと近付いてくる。
「ねえ、本当にナニもしない?」
  言いながらエリナは、あそこがぐっしょりと濡れそぼってゆくのを感じていた。
「……倉本さんて大人っぽく見えるけど、本当は歳いくつなの?」
  不意にトオルが尋ねた。
「うーんと……内緒」
  エリナは軽く受け流す。
  窓を閉めたせいで、エリナの額にじんわりと汗の粒が浮かび上がり始める。
「僕は今度の正月で二十歳なんだけど、倉本さんは僕より年上?」
「ふふっ、だめ。教えないわよ。ヒミツなんだから」
  本当は、十九才。女子大生。短期学部だから、今年の夏は学生最後の夏休みになるわけだ。リョージとは、学生最後の夏休みを楽しむつもりだった。だけどそれももう、叶わぬ夢となってしまった。リョウジはエリナよりも、まだ乳臭い匂いの残る女子高生を選んだのだ。
「ヒミツでもいいけど、こういうことはしても大丈夫なのかな?」
  トオルがゆっくりとエリナの髪に手を伸ばした。さらさらの髪は、少し湿っている。シャンプーの残り香がトオルの鼻孔をくすぐる。
「……ん…っぁ──」
  トオルの唇がそっと、エリナの唇を塞いだ。



  リョージとのセックスは、前戯もそこそこのピストン運動だけのものだった。
  リョージがエリナのあそこに突っ込んで、アレを激しく前後させるだけ。そうでなければ、エリナの口にリョージがアレをぐっと突っ込み、やはり激しく口内にこすりつけるように前後させて射精するかだ。
  リョージのことは好きだったが、エリナはずっと、リョージとのセックスに物足りなさを感じていた。
  貪るようにトオルの舌が、エリナの口中をまさぐっていた。エリナはおずおずとトオルの舌に応え、彼の歯の内側から舌の裏まで、ゆっくりと舌で触れていった。
  唇が離れた瞬間、くちゅっという音がして、唾液の滴が唇に残った。
「広瀬君て、女の子慣れしてるのね……」
  エリナはそう言うと、くるりと彼に背を向けた。彼を拒んでいるわけではない。彼を受け入れるため、待っているのだと暗に示しているのだ。
  トオルはすぐにエリナの背後から抱き着いてきた。羽交い締めにするように、逞しい腕で彼女の身体をすっぽりと包み込む。
「初対面の娘にいつもこんなことするわけじゃないんだよ……」
  風のように、甘い声が耳元で囁いた。
「わ、わたしだって……」
  エリナが返すよりも早く、トオルは彼女に仕掛けていた。キャミソールの細い肩紐をするりとずらし、小麦色の肌に軽く歯を立てた。
「きゃっ…んっ」
  びくりと背を反らすと、厚い掌がエリナの手を掴み、それごと彼女の胸に導いた。
「一緒に触ったら、どんな感じかな?」
  トオルの優しい声に、エリナのあそこはじわじわと染み出している。子宮の奥から疼痛が広がっていき、それが熱となり、エリナの体を焦らし始めている。
  エリナ自身の手が、彼女の胸を布越しに揉み上げる。細いエリナの指の隙間から、トオルのごつごつとした手が胸に触れると、そこは熱を持ってじんじんした。布越しにもはっきりとわかるほど、エリナの胸の突起はそそり立ってきた。
「倉本さん……いい?」
  トオルが躊躇うように尋ねる。ここまできて、まだ彼は躊躇っている。エリナの気持ちを見極めようと、我慢強く、彼女のはっきりとした返事を待っている。エリナのほうはもうすっかりアソコがびしょびしょになっているのに。
「エリナって呼んで…今だけで、いいから……」



(H14.3.22)
(H25.3.31改稿)



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